健康

2023.02.25

ALS患者嘱託殺人、彼女が生きるのに必要だったこと#人工呼吸のセラピスト

連載「人工呼吸のセラピスト」(Shutterstock)

林さんのツイートには「私が早く終わりにしたいと言っているのを知っているヘルパーさんたちはALSのニュースを見つけると知らせてくれる。そして諦めるなと諭してくれる。気持ちはとてもうれしい。でも、私の気持ちは変わらない」という記述がある。
 
支援者たちも、本気で心配していたようだ。

緩和ケアの医療者のかかわり方 

もし、緩和ケアの知識や技術がある医療者がかかわっていたら、どうだったろうか。

ALSの患者たちが暮らす住宅型有料老人ホーム「ななみの家」(名古屋市北区)の代表で看護師の冨士恵美子さんに尋ねてみた。
 
人工呼吸器を付けたくないと言う患者さんに、ななみの家ではどう接するのか。
 
「生きろ、というだけでは難しいから、いつ死にたいの?と、まず聞くの」と冨士さんの答えは明快だった。
 
そうすると「息苦しくなったとき」とか「目が見えなくなったとき」とか具体的な考えが出てきて、次に「死ぬときは苦しくないか」という不安を口にする患者さんが多いという。
 
その答えも用意してある。
 
「酸素をいっぱい吸って、医療用麻薬を使えば、苦しまずに眠るように最期を迎えられるよ。その時期が来てからご家族とも相談して決めればいいし、人工呼吸器を取り外せる場合もある」と話す。だから「今すぐ答えを出さなくてもいいんじゃないの?」
 
高齢の患者には、ボランティアの大学生と接する時間の楽しさを思い起こしてもらうこともある。 どんな選択をするかは本人次第だが、「生きていてほしい」という思いは必ずきちんと伝えるという。
 
ALS患者を支える冨士恵美子さん=名古屋市北区、ななみの家で、2017年6月

ALS患者を支える冨士恵美子さん=名古屋市北区、ななみの家で、2017年6月


当事者の思いを受け止め、一緒に考える作業が、孤立感を軽減する。つまりは本人の「意思決定」を大事にしているということだろう。
 
「その人の尊厳や苦しみ、悲しみに寄り添えて、つらいよねと言ってあげられる支援者がいたら、急がなくてもいいという思いは伝わるんじゃないかな」と冨士さんは言う。
 
ななみの家で人工呼吸器を付けて暮らす男性患者一人は、足の指を使ってパソコンを操作し、林さんともツイッターでやりとりしていた。「こっちに来たら?」と勧めたこともあったが、林さんは気乗りのない返事だったという。
 
この男性のようなALS患者や、冨士さんと、押富さんが目指した共生社会の世界観は重なる。こんな障害者や支援者がもっと身近にいたら、林さんの選択も変わっていたのではないか。
 
連載:人工呼吸のセラピスト

文=安藤明夫

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