(前回:障害者への「意識のバリア」をなくす NPO法人設立の道)
娘の「成人式と選挙への参加」が目標だった
地元FM局ラジオサンキュー(愛知県瀬戸市)のパーソナリティー・林ともみさんは、2016年2月に押富さんと出会ったころ、迷っていることがあった。重度の知的障害・身体障害がある19歳の長女、美優(みゆ)さんを、選挙に連れていってよいかどうか、という難問だった。障害があっても社会の一員と考えるともみさんは、娘の「成人式と選挙への参加」を長年の目標にしてきた。公職選挙法の改正で18、19歳が有権者となり、この年の7月の参院議員選挙では、美優さんに初めて投票券が送られてくる。
しかし、現実のハードルは高い。字も書けず、丸を打つことも、話も、指差しもできない。「政策を理解して投票」なんて不可能だ。仲間のお母さんたちを誘っても賛同は得られず、気持ちが揺らいでしまった。
「それまでも、娘のことで行動を起こすとき、いつも心のどこかで『すみません』って気持ちがありました。周りにペコペコしていたんです」と林さんは当時を振り返る。
「押富さんと出会って、凛としたところが本当にカッコいいと思いました。そして『すみません』と言うこと自体が、娘に失礼なのかもと気づいたんです。伝えても伝わらないことはあるけれど、伝えてみなければ、始まらない。アクションを起こすことが大切だと、学ばせてもらいました」
候補者全員のポスターを写真に撮り、自宅で娘に見せて「誰がいい?」と尋ねるうち、常に同じ人を選ぶようになった。「これなら行けそう」と、瀬戸市役所の選管に相談した。しかし、投票用紙には、候補者の写真はない。
期日前投票に出かけるまでの数日は、候補者別に切り離した文字カードを見せて、何度も練習した。本番でも、候補者ごとの「切り離し方式」にしてもらい、美優さんが同じ人を何度も選べば選管職員が代筆する形にした。
選挙区、比例代表と美優さんは何とかクリアし、林さんは涙が出たという。以来、計8回の選挙に必ず出かけている。
「本人は本当に投票に行きたいのか、など反論ももちろんあります。意思が伝わらず白票になったこともあります。でも、私は社会の一員として、投票所に出かけることを大切にしたい」と林さん。
3月には、障害のある人の投票推進に尽力する平林浩一・東京都狛江市副市長(総務省主権者教育アドバイザー)を講師に招いて「選挙のバリアフリー」をテーマにした講演会を主催する。
そして、押富さんが発案したピース・トレランスの看板イベント・ごちゃまぜ運動会にも、美優さんとともに毎回参加。だれも排除しない「インクルーシブ」の心地よさを楽しんでいる。