「両親の同時入院」という大事件 危機への対処法 #人工呼吸のセラピスト

連載「人工呼吸のセラピスト」


このとき、押富さんの相談支援専門員を務めていたのが、社会福祉法人ひまわり福祉会の河内屋保則さん。押富さんの思いに共感し、障害者福祉に取り組んだ長年の経験を生かして、市と交渉を重ねた。一緒に市議会の傍聴にも出かけた。

粘り強い話し合いの末、市側が折れて翌14年4月、月に440時間の受給が認められた。ふだん1日10時間ペースでヘルパーを利用した場合、いざというときには24時間サービスを10日間受けられるという計算だ。

同年9月、たつ江さんは両膝の人工骨設置手術で入院したが、空白時間を出すことなく乗り切れた。

NPO立ち上げを提案 押富さんとの忘れられない思い出


押富さん
福祉映画上映会をPRする押富さんと河内屋さん=愛知県尾張旭市で

河内屋さんには忘れられない思い出がある。市の福祉課に一緒に行く用があり、河内屋さんは車いすで乗れる福祉車両を借りて、一時入院中の押富さんを乗せて市役所に向かった。ところが道の段差でバウンドした拍子に、人工呼吸器のカテーテルが外れてしまった。真っ青になった河内屋さんは、道路わきに慌てて車を停め、後部ドアを開けた。

押富さんは動揺した様子もなく「大丈夫、大丈夫」と河内屋さんを励まし、カテーテルを装着し直す手順を示してくれた。猶予時間はウルトラマン並みの「3分ぐらい」だったが、適切な指示で事なきを得た。過酷な日常を笑顔で生きるすごみを改めて感じ、応援の思いを強くした体験だった。

父・忍さんが要介護になって車の運転をできなくなる中、押富さんの外出手段は車いすが中心となった。そして障害者がもっと外に出られる社会にしていきたいと夢を語るようになって、河内屋さんが提案した。

「だったらNPOを作ろうよ」

NPOの運営経験のある河内屋さんは、設立の準備や会計などの作業も負担なくできる自信があった。何より、押富さんを主役に尾張旭の福祉を変えていく活動ができる予感があった。

「平和と寛容」を意味するNPO法人ピース・トレランスに向けて、さまざまな活動のアイデアが交わされ、プレイベントとして2016年3月の福祉映画上映会が決まった。

 
連載:人工呼吸のセラピスト

文=安藤明夫

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