寝たきり、声が出なくても。「永遠のキャプテン」の仲間愛|#人工呼吸のセラピスト

連載「人工呼吸のセラピスト」

「話す力を奪われたくない」と喉頭分離手術に抵抗を続けた押富俊惠さん。2007年から誤嚥性肺炎による入退院を繰り返し、精神的につらい時期もあったが、無条件に受け入れてくれる特別な仲間たちがいた。

前回:重度障害、でも幸せ。難病病棟から在宅復帰へ

車いすを使わずに バスケ仲間の結婚式へ


2009年7月19日。押富さんは県立松蔭高校(名古屋市中村区)時代の友人・彩子さんの結婚式に出た。主将を務めた女子バスケットボール部の仲間だ。

父・忍さんに車で送ってもらい、駐車場からは松葉杖と足首にはめた補装具でゆっくりと歩いて会場に入った。車いすは使わずに済んだ。

同い年の作業療法士からは「どうしてそんなに歩くことに固執するの?」とあきれられてはいたが、何度も見舞いに来てくれた仲間たちに少しでも「元気になったトシ(=押富さんの愛称)」の姿を見せたかった。

気管切開した首の部分は、薄いショールで覆っていた。料理は、食べやすいメニューを特別に用意してもらった。

人工呼吸のセラピスト主人公の押富さん、結婚式参列時
 女子バスケットボール部時代の仲間・彩子さんの結婚式に出席した押富さん(中央)=2009年7月19日

看護師になった久美子さんが、万一のときの対応も兼ねて隣に座ったが「なんの心配もない、ふだん通りのトシに見えました」と振り返った。舌の筋力も落ち、発音も不明瞭だったはずだが、記憶に残っていない。覚えているのは、着席するなり「ドレスの丈が短くない?」と突っ込んできたこと。久美子さんが座席表でひざを隠す真似をして、互いに大笑いした。高校時代そのままのじゃれあいだった。

久美子さんが勤める病院に一時期トシが入院し、久美子さんは勤務明けにしばしば病室を訪ねて雑談した。「お見舞いというより、だんだんこちらの愚痴を聞いてもらう感じになって」。上司への不満を並べたら「やめちゃえ、やめちゃえ」と笑いつつ「仕事ができるありがたさを感じるほうがいいよ」と諭された。つらいことがあると思い出すようにしている。

押富さんからもらった2通の手紙


女子バスケットボール部のマネージャーだった若葉さんは、トシの元気そうな姿にホッとしつつ「ゆっくり歩く姿が高校時代とギャップが大きすぎて、どんな言葉をかければいいか分からなかった。自分が情けなかった」と話した。

「情けなかった」と反省したのは、恩義を感じていたからだ。若葉さんはトシからもらった2通の手紙を大切に持っている。1通目は、選手として伸び悩んでいたとき。

「ワカバは一生懸命がんばっていると思う。だから自信を持ってほしい。自分のことを信じるのはすごく難しいと思うよ。トシだって、試合中にどうしたらいいかわからなくなるし、自分がすごくイヤになる…」

便箋3枚にびっしり書かれた几帳面な字に、支えたい思いがこもっていた。2通目はマネージャーになった若葉さんを励ます内容で、やはり便箋に3枚。

昨年の押富さんの訃報の後、2通の手紙を読み返して号泣した。

人工呼吸のセラピスト
若葉さんに送った手紙の一部

一方、この日の新婦・彩子さんは、ゆっくり話す時間はなかったが「体調の悪さを感じさせない笑顔で祝ってくれました。昔から自分の弱みを見せない強いキャプテンでした」と話す。

その後、育児と仕事の両立ができるか悩んだときにLINEで相談したら「まだ起きてもないことに悩むのは時間がもったいない、今やれることを大事にしなよ」とアドバイスをもらった。いつも自分に言い聞かせている。
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文=安藤明夫

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