キャリア・教育

2022.11.12 17:30

寝たきり、声が出なくても。「永遠のキャプテン」の仲間愛|#人工呼吸のセラピスト


トシを中心にして、この代のメンバーはまとまっていて、お正月の集まりも毎年続いていた。

試合戦術を立てるのが得意 


153センチと小柄だが、ドリブルのスピード、ディフェンスのしつこさは無敵。日ごろはいたずら好きのお茶目な主将だが、試合展開を読んで戦術を立てるのが得意で、時には顧問の服部保孝先生の指示に逆らってでもチームを引っ張った。

部員たちが「最高の青春だった」と振り返るのが高3の4月、同校初の県大会出場を賭けた県立昭和高校(名古屋市瑞穂区)との一戦だ。

シーソーゲームの終盤、作戦タイムでの顧問の服部保孝先生の指示は「ゾーンディフェンスで行こう」だったが、押富さんは小声で「マン・ツーマンで行くよ」と指示して、63-59で振り切った。うれし泣きするメンバーの中で一人だけ涙を見せず、会心の笑みを浮かべていた。

人工呼吸のセラピスト・主人公押富さんの高校時代
高校時代の仲間たち。前列左の背番号4が押富さん

「けんかもしたけれど、15年間指導した中で最高の主将でした」。今は私立大同高校(名古屋市南区)の校長を務める服部さんは目を細める。

入院しているときは年に数回は見舞いに行った。喉頭分離手術を受ける決意をしたときには「声が聴けなくなるのは寂しいけど、トシがいなくなるよりズーッとましです」とメールで励ました。

2015年に服部さんが松蔭高校を定年退職した時、押富さんはみんなにLINEで呼びかけ、電子版の寄せ書きをまとめた。9人が分担し、パワーポイントのファイル32ページの丁寧な作りだった。

仲間愛で「本来の自分」を取り戻す


押富さんはみんなのキャプテンであり続けた。

仲間から愛され、頼られることが「本来の自分」を取り戻す力にもなった。

喉頭分離手術を受ける直前、ほぼ寝たきりで筆談しかできない状態になっていた押富さんは「病室でできるストレス発散計画」と称して、このメンバーとのプチ同窓会を開いた。闘病の中で一番悩んだ時期で、ブログも重い内容のものが多かったが、この日ばかりは喜びにあふれていた。


「大成功!」(2010年6月17日)

日曜日のプチ同窓会♪
途中で看護師さんに「ドア閉めるね~」と密室にされるハプニングはあったものの…( ̄∀ ̄)
無事に終了しました~!!
メチャクチャ楽しかった(^_^)v
たくさん笑って、話して…

顔が… うっ、動かない~(笑)

まぁ気持ちがアップしたので、ヨシとしましょー(≧∇≦)
みんながワイワイやってる輪のなかにいると、すごく心地いいんだぁ~

話せなくてもつながってる感じがしてスゴイ安心する…
バスケ部で一緒にがんばった仲間のアイコンタクトは10年以上たった今も変わりません。
よかった~ッ、みんなに会えて(*^o^*)


若葉さんによれば、にぎやかに騒ぎすぎて、看護師さんにドアを閉められたけれど、笑いすぎて頬の筋肉がこわばるぐらい楽しかった、という意味らしい。

押富さんは、専門学校や職場の仲間とも同様の集まりを開き、在宅生活に戻ってからも、花火大会、イチゴ狩り、クリスマス会などを企画した。呼びかけ人はいつも押富さんで「来週の日曜日、集合!」といった軽いノリでイベントが決まっていく。

「私の自慢は病気になっても仲のいい友だちは誰一人離れていかなかったこと。そして世代を超えた友だちが増えたこと」(同年3月13日)

身体機能の多くを失っても「楽しむ仕掛けづくり」に努力を惜しまない姿勢が、人を惹きつけ、その後に続く伝説の企画「ごちゃまぜ運動会」にも発展していった。


連載:人工呼吸のセラピスト

文=安藤明夫

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