軽井沢町長が語る「ウェルネスリゾート軽井沢」の次世代戦略

国の重要文化財に指定されている旧三笠ホテル(旧軽井沢三笠に現存)(写真提供:一般社団法人軽井沢観光協会)


 また、近年経済的充実だけではなく、幸福,生き甲斐、健康,環境、福祉、チャレンジしたいことがあるなど、心身とも健康で社会的にも健康な状態であるウェルビーイング(Well-being)」という考え方が世界中で注目が集まっています。自治体にとってもウェルビーイングは大変重要だと思っております。特に軽井沢は、ウェルビーイングにはとてもふさわしい環境だと思っています。

豊かな自然環境の中で、多種多様な人々が交わり、新しい価値を生み出していく。住民が生き生きし、活気あふれた町になる。とても素晴らしいことだと思います。最近は移住者が増え、若い世代が地域と交わり新しい価値を生み出しています。若い人が新しい発想を持って地域で活躍できる環境は、まちづくりにはとても重要な事です。

一方で、テクノロジーが進化し効率化が進めば進むほど、分断が出てきます。現在は、効率性と心の豊かさは必ずしも比例しない時代とも言われています。分断を乗り越えて一人残らず夢を実現していくこと。それが、豊かなライフスタイルを実現していくうえで重要ではないでしょうか。

一人残らずみんなが豊かに生きられる社会をつくることは、行政の役割としてとても重要なことだと思っております。ウェルビーイングの実現こそが軽井沢の次世代戦略の根底にあると思っております。

歴史的に深いつながりのある軽井沢町と福井県


軽井沢で最初に別荘を建てた日本人(明治26年築)は、福井県福井市出身の八田裕二郎だ。八田裕二郎は、海軍兵学寮に入った後、イギリスに留学。明治11年、グリニッジ海軍大学を卒業、東伏見宮付武官、イギリス公使館付武官、フランス公使館付武官を務めた海軍大佐、のちに衆議院議員、軽井沢会の前身の軽井沢避暑団の初代理事だ。現在の軽井沢の健全な別荘文化の基礎を築いたのは、福井県出身の八田裕二郎だと言っても過言ではない。

また、軽井沢の観光名所でもあり国の重要文化財に指定されている旧三笠ホテル(明治38年)を建てた人は、福井県小浜藩士で岩倉具視の側近であった福井県美浜町出身の山本直成の子供の山本直良である。明治時代中頃は、八田裕二郎、山本直良はじめ福井県出身の人たちが多く軽井沢に静養で訪れていた。さらに江戸時代まで遡ると、越前福井松平藩主が、参勤交代で33回も軽井沢宿に滞在されたとの記録が残っており、古くから福井と軽井沢は深いつながりが有った。

2024年3月北陸新幹線(現在金沢駅まで)が福井(敦賀駅)まで延伸する。将来最終的には、小浜・京都を経由して大阪まで延伸する。今まで関西経済圏・中部経済圏と深いつながりのあった福井県が、これから東京経済圏ともつながることになる。その中継点でもある軽井沢には、16312軒(2020年)の別荘があり、所有者の多くは東京だ。
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文=鈴木幹一

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