「前回のインタビューから2年半ですか。あれからいろいろとありましたね」
昼食を終えたばかりのアルカディ・ヴォロズ(57)はそう言うなり、ソファに腰掛けた。イスラエルには高齢の父が暮らしていることもあって、沿岸都市テルアビブを頻繁に訪れるという。
ヴォロズの脳裏をよぎったのは、コロナ禍だけではないはずだ。彼が1997年に創業したテクノロジー企業「Yandex(ヤンデックス)」は2019年11月、ロシア政府による国家管理を受け入れた。知的財産や情報技術の海外流出を嫌がるプーチン政権の意向が働いたものとみられる。
その一方で、ヴォロズ肝煎りの自動運転事業は順調に進んでいる。19年5月、Forbes JAPANで 世界的にも稀なヴォロズへの独占インタビューが実現。慎重な性格の彼が「我々の準備はもう整っている」と、近い将来の自動運転車による「ロボ・タクシー」の運行開始に自信を見せていた。
実際に試乗すると自動運転車は、速度は控えめで、減速や停止は丁寧で正確。車線変更の時に、「えい!」というクルマの力みのようなものが感じられる以外は快適だった。「免許取り立てのドライバーが運転するクルマと、自動運転車のどちらに乗りたいか?」と問われたら、後者を選ぶ可能性が高い。
マシンラーニング(機械学習)企業として生まれたヤンデックスは、検索エンジン事業を核に、地図やeコマース、タクシー、デリバリーと多角化してきた。18年12月には、イスラエル運輸・道路安全省から自動運転の実証実験に関する許可を取得。以来、ドライバーが乗車するという条件付きながら、トヨタ自動車のプリウスに自社開発のソフトとベロダインのLiDAR(ライダー:光検出・測距)センサーを搭載してテルアビブの一般道と高速道路を走らせてきた(現在はLiDARも自社で開発している)。
氷点下20℃のモスクワから高温のテルアビブまで幅広い環境で、170台の自動運転車を使って累計1400万マイル(約2250万km)を走破。投資銀行モルガン・スタンレーは21年8月に発表した調査で、自動運転業界の市場リーダーとしてウェイモ、GMクルーズ、バイドゥ、フォードの4社に次いで、インテル傘下のモービルアイとヤンデックスを挙げた。“ロシアのグーグル”は一躍、自動運転レースのダークホースに浮上している。
「極端な話ですが、A地点とB地点間の短距離の『自動運転』だけなら、150年前からエレベーターがあります。今問われているのは、『あらゆる状況下で自動運転できるか否か?』なのです」
ヴォロズはそう話すと、22年冬には指定された区画とはいえモスクワの一般道でヤンデックスの“ロボ・タクシー”を運行する計画について明かした。