キャリア・教育

2021.12.23 08:00

人生経験を投資に生かす「私たちが両親の背中から学んだこと」


こうした目利き力は、ファンドを立ち上げた3人が金融業界で長年働いた経験によるところが大きい。先述の松井に加え、関は翻訳家になる以前、モルガン・スタンレー投資銀行部門を経てクレイ・フィンレイ投資顧問元東京支店長を務めていた。村上も外資系金融機関の勤務が長い。

「私は金融機関で20年、国際機関で8年勤めてきた。そこでの経験・知見をうまく生かせるプラットフォームだと思っている」と村上は言う。「ある意味、いろんな経験をしてきたことがファンドというかたちで次のキャリアにつながったと自分では感じている」。

ロンドン・ビジネススクール教授のリンダ・グラットンが『LIFE SHIFT』によって広めた「人生100年時代」という概念に触れながら、松井は「リタイアメント(退職)」という言葉より「リワイヤメント(より長く働くために心の配線をかけ直す)」という言葉が好きだと話す。そして、長年勤めた会社を退職して新しい事業を始めたのは、起業家である親の背中を見て育ってきたことも大きいという。

以前から友人関係にあったMPower Partnersの3人には、共通点が多くある。ともに同じ1965年の同じ月に生まれ、米国ハーバード大学で学び、ワーキングマザーでありながら、数少ない女性の金融専門家である。それだけではなく、ともに起業家の娘でもある。

関の福岡県の実家はチロルチョコを生んだ松尾製菓。島根県出身の村上の母親は48歳まで専業主婦として5人の子どもを育てた後、ドラッグストアを起業し山陰地方最大のチェーンストア「ウェルネス」として拡大させた。松井の両親は奈良県出身で、カリフォルニア州に移住して花農園を起業し、世界最大の蘭の生産量を誇るまでに事業を成長させた。

「アントレプレナーというとかっこいいけれど、その半面、親が苦労してきたのも見てきたし、簡単なことではない。サポートもたくさん必要だ。それが、大企業で勤めてきた後に残りの人生を自分で起業してみよう、そしてほかの起業家を支援しよう、という考えにつながったのかもしれない」と松井は話す。

3人はVCとして起業家支援を目指すことになった。その投資家としての思考は、リスクをとって挑戦することだけではなく、未来を育てることを意味しているのかもしれない。最後に松井はこれからの意気込みについて、生活者としての経験から身につけた「思考」を交え、このように結んだ。

「自分たちはこの年齢であらゆる社会的な問題を経験してきている。マイノリティとしての苦労、子育てや親の介護──ベンチャー投資経験は浅いけれど、日本にいるほかのVC投資家と違う経験や視点で差別化できるかなと思う」


キャシー松井◎1965年生まれ。ハーバード大学、ジョンズホプキンズ大学院卒。ゴールドマン・サックス証券会社元日本副会長および、日本株ストラテジスト。ウーマノミクスの提唱者として知られ、2007年には、ウォールストリートジャーナルで「10 Women to Watch in Asia」に選ばれた。

村上由美子◎
1965年、島根県生まれ。上智大学、スタンフォード大学院、ハーバード大学院卒。ニューヨークおよびロンドンのゴールドマン・サックス証券のマネジメント・ディレクターなどを経て、2013年、OECD東京センター所長に就任。内閣府、経産省、外務省など多くの審議会で委員を歴任した。

関 美和◎1965年生まれ。慶応義塾大学、ハーバード大学院卒。モルガン・スタンレー投資銀行などを経て、クレイ・フィンレイ投資顧問東京支店長。退職後『FACTFULNESS』『ゼロ・トゥ・ワン 君はゼロから何を生み出せるか』などヒット作を翻訳。ベビーシッター会社メイコーポレーションを立ち上げ、売却した経験も。

文=中田浩子 イラストレーション=アンドレア・マンザッティ

この記事は 「Forbes JAPAN No.086 2021年10月号(2021/8/25発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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