話題を呼ぶ新設VCがある。ゼネラル・パートナーとしてファンドを立ち上げたのは、ゴールドマン・サックス証券の日本副会長兼チーフ日本株ストラテジストを務めていたキャシー松井、OECD(経済協力開発機構)東京センター所長だった村上由美子、そして『FACTFULLNESS』などのベストセラー書を翻訳した関 美和だ。
3人ともキャリアで大きな成功を収めているにもかかわらず、なぜいまVCなのか。その理由は後述する3人に共通する「生い立ち」にあるかもしれない。彼女たちは投資家になるべくして、ようやくスタートラインに立ったと言えるのだ。
取材のなかで松井は、自身と同じ米国カリフォルニア州出身のカマラ・ハリス副大統領が、20年11月の選挙で就任が決まった直後のスピーチで「While I may be the first woman in this office, I will not be the last.(私はホワイトハウスで就任する初めての女性かもしれませんが、最後の女性ではないでしょう)」と述べたフレーズを挙げ、MPower Partnersを設立した3人の思いも同じだと語った。
「日本で女性が初めて起業したESG重視型VC。私たちが最後ではなく、これからもっと多様なベンチャーキャピタリストが日本に生まれてくることを期待している」
3人の新たな挑戦の根底にあった一つ目は、従前の経営や組織を大きく変えられない日本産業界への危機意識だ。
「1990年代初頭にバブルが崩壊するまでは、右肩上がりのマクロ経済を背景に、経営陣の同質性が高い会社でもかまわなかった」(松井)。ところが日本経済が低成長期を迎えデフレに陥った局面では、従来通りの年功序列制度、ダイバーシティに欠けた労働力、固定化された組織のなかでは、新しいアイデアやイノベーションは出てこない。時代の変化に対応した体制をつくらないと、少子高齢化が進み負債大国の日本には産業競争力がなくなる。
スタートアップに投資するVCを設立した理由が、ここにある。松井は30年間にわたり、主にゴールドマン・サックス証券で日本株ストラテジストとして活躍してきた。日本におよそ4000社ある上場企業には改善の余地がある。しかし、「確立された組織を大きく変えていくのはかなり難しいという実感」をもったと松井は言う。
そこで、柔軟性をもち、決断が早く、さらに変革を起こしうるイノベーションを手がけている若い起業家たちにESGの考え方を実装することで、グローバル市場にも耐えうる企業体にしていく。それが彼女たちの狙いだったのだ。
幸いなことに、大企業に一生勤めるのではなくスタートアップに挑戦する若者は最近増えている。もちろん英語やコミュニケーションの壁がまだあるが、海外投資家も積極的になってきており、最近はスタートアップの資金調達の平均3分の1を海外投資家からの資金が占めるまでになっているという話もある。
「掘れば面白い宝物があると思っている。日本のスタートアップを海外に紹介していけると思う」(松井)