砂漠の文明・宗教とは対照的な日本の風土
定住生活を送るにはそこで暮らす人々を養えるだけの食糧を確保が必要です。狩猟採取よりも農耕のほうが食糧を安定供給できるため、異説はあるものの、世界のあらゆる地域では定住生活は農耕とともに起こったとするのが一般的です。メソポタミア文明やインダス文明、エジプト文明、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教は、いずれも乾燥地帯周辺に生まれ農耕技術の発達とともに文明が起こり、そこに集団が生まれ結果として形成されたものです。その中で生まれた思想や宗教観は「砂漠の宗教」と呼ばれたりもします。
一方、近年の研究で日本の縄文時代の人々は農耕に先駆けて定住していたことがわかっています。当時から温暖で湿潤な日本列島の気候風土は、集団定住生活を営めるだけの豊かな食糧をもたらしたため、慣れ親しんだ狩猟採取生活を捨てる必要がなかったからだとする説が有力です。このような環境は世界でも極めて稀であり、その結果として独自の価値観が形成されたと見られています。その価値観は「森の宗教」とも呼ばれます。
砂漠では右に行くか左に行くかを考えるよりもどちらかに進むことが生存確率を向上させことに対して、森では自然の恵みを最適に分配することが重視されます。この風土に基づく歴史が日本人の熟考を尊ぶ気質を作ってきたことを多くの有識者が言及してきたことでもあります。
日本人の独自性を示す3つの特性
日本人の特性、なかでも海外の人々と際立った違いを集め分類してみると、日本人の持つ独特の気質や特性が浮かんできます。(分類・まとめのためのキーワードは、松岡正剛先生、山本七平先生の論考を特に参考にさせていただきました。)
● アワセとソロイなど、日本人の特性を示す要素と具体的な事例
1 アワセとソロイ(合わせと揃い)
・異なるモノを組み合わせ利用する
・取捨選択せず並列させる
・矛盾を温存し許容する
(事例)
文字:漢字・ひらがな・カタカナ・アルファベットの併用表記
宗教:神仏習合・異文化や外来の宗教に寛大な態度
権力:朝廷と幕府の関係に代表される二重権力の許容
2 オモカゲとウツロイ(面影と移ろい)
・不在から存在を感じ取る繊細な感覚
・個々の内的なイメージを重視し共有する傾向
・権威や大義名分を尊重しつつ実質を取るバランス感覚
(事例)
和歌:見渡せば花も紅葉もなかりけり……(藤原定家)
茶道:茶室の設えなどから亭主の配慮を汲み取る感性の豊かさ
憲法:民主主義体制下における象徴天皇制の採用
3 シゼンとキンベン(自然と勤勉)
・自然を生き方の理想とする世界観
・生業による富の蓄積を人の自然な営みと捉え、倹約と勤勉に励む
・利益や効率に固執せず品質や細部にこえだわる気質
(事例)
庭園:平面幾何学式庭園(仏式庭園)と日本庭園(枯山水)
神道:自然物を神として祀る宗教観(八百万の神々)
品質:製品やサービスの瑕疵を許さない厳しい態度(過剰品質)
「アワセとソロイ(合わせと揃い)」、「オモカゲとウツロイ(面影と移ろい)」、「シゼンとキンベン(自然と勤勉)」は、おそらくあえて言われなければ気付かないほど、われわれ日本人にとってはごく当たり前のことばかりのはずです。しかし海外の人々、とりわけ砂漠で生まれた厳格な一神教の教えをバックボーンに持つ西洋社会に暮らす人々から見ると、非常にあいまいで明快な構造を持たない文化と受け止められています。
1つずつ見ていきましょう。