国際経験に裏打ちされた運営ビジョン
こうした国際色豊かな環境で多様性を育む教育を可能にしているのは、ボランティアとして参加するコーチやクラブの運営スタッフはもちろん、保護者も徳増氏の志に共感し、その実現に向けて協力したいという賛同の声が集まっているからだ。
「どうしたらより多くの人たちにクラブの運営ビジョンに共感してもらえるか、常日頃から自問自答している」(徳増氏)
共感によって多くの人たちを巻き込んでいく運営スタイルは、SIRCの大きな特徴のひとつとなっている。
SIRCのコーチのほとんどは、保護者たちがボランティアで務めている。彼らに無償でも協力したいと思わせるのは、徳増氏の掲げる志に多くの共感が集まっているから
ではなぜ、徳増氏の志はここまで強い共感を呼ぶのだろうか。その理由は、氏の志が自身の国際経験に裏打ちされたビジョンであることに由来している。
徳増氏はこれまでの人生で2回、海外で大きな挑戦に臨んでいる。1度目は自身が25歳のとき。花園ラグビー場で日本代表と対戦したウェールズ代表の試合に大きな感銘を受け、そのインパクトを忘れられず、安定した地元新聞記者の職を捨て、単身渡英。ウェールズ代表の主要選手を輩出していたカーディフ教育大学で2年間ラグビーのコーチングを学んだ。その経験を振り返りながら、次のように個性や挑戦の大切さを語る。
「ウェールズで学んだ大事なことは、個性というのは一人ひとりが違って当たり前なんだということ。日本にいると、みんなと同じじゃないと不安に感じてしまうものですが、半世紀も前に髪や肌の色の違う人たちと一緒になって学んだ経験は、人とは違う自分の意見や考えを主張する大切さを教えてくれ、その後の私の人生の視野を大きく広げてくれました。
また、好きなことややりたいことに打ち込む大切さもウェールズへの留学から学びました。自分の好きなことには情熱を持って取り組むことができますし、何よりそれを大事にしますから。だから、子どもたちには失敗を恐れずにやりたいことに挑戦しようというメッセージを発信しているんです」(徳増氏)
ウェールズ時代の徳増氏。このときに学んだ、個性のあり方や夢中になることの大切さは、ラグビーW杯の招致活動でも大きな糧になったという
そして2度目は、世界の並み居る強豪国を相手にタフな交渉を繰り広げ、「ラグビーワールドカップ2019」の日本招致を成功させた経験だ。これまでラグビーの伝統国でしか開催されてこなかった祭典を日本で開催させるには、並々ならぬ苦労があったはずだ。
「どんなにタフな交渉であっても、まず伝えないといけないのは、どうしても日本にW杯を誘致したいんだという情熱です。それを理事国のメンバーに“自分ゴト”として捉えてもらうには、国同士の“違い”を意識したプレゼンテーションを行う必要がありました。つまり、相手から日本がどのように見られると招致につながるのかを考え抜いてコミュニケーションを図らなければならないということです。
国際社会における日本の見られ方や立ち位置を身をもって知ることができましたし、コミュニケーションにもイエスノーのはっきりした世界ルールがあることを学びました。SIRCが世界中に友だちをつくろう、世界に羽ばたける人材を育てようというモットーを掲げているのは、こうした経験があるからなんです」(徳増氏)
ラグビーW杯日本招致のために、イングランドのラグビーユニオンを統括するイングランド協会を森喜朗会長とともにロビイングする徳増氏
多様性を学ぶ必要性や海外で挑戦する重要性は誰にでもわかることだが、実際に豊富な経験を積み、それらを成果や教訓として得られた人が発信しなければ説得力は生まれない。掲げるビジョンが単なる理想ではなく、多くの人から共感を得ている理由は、背景にこうした徳増氏の実体験があるからなのだ。