リーマン・ショック後、経営危機にあった日立製作所を再建させた川村 隆、中西宏明という先達の跡を受け、2014年に東原敏昭は59歳で社長に就任。以来、より高い成長フェーズへ向かうための基盤を整えてきた。
東原は1990年代にJR東日本の相模湖駅から東京駅までの各駅に制御システムを導入した功績をもつ。社会インフラ事業で現場を熟知する経営者であり、構造を見極められる「システム思考」のもち主とも言えるのだ。
「最強のサステナブル企業2位」を実現できたのは、その東原が断行した組織改革に勝因がある。09年に川村が導入し、V字回復の原動力となった「カンパニー制」を変えてしまったのだ。なぜ成功した改革をまた壊して、組織をつくり替えたのか。
「ここ数年で事業を取り巻く環境はまったく変わってきた」と東原は口火を切った。創業112年目を迎え、グループ全体で従業員数35万人、全世界で871の子会社(21年3月末時点)を抱える。長い歴史と巨大な事業規模を誇る日立はなぜ、時代の要請に応じて強力なサステナブル企業になれたのか。その答えは、東原の出自を反映したシステム思考による改革だった。第1点目に東原が挙げたのが、視点である。
「よい製品をつくる『製品起点』だけでなく、顧客の課題を解決する『お客さま起点』へビジネスの軸足を移してきた。さらにここ数年、環境問題や新型コロナウイルスという社会課題が急激に私たちの身近になっている。いわば『社会価値起点』という3つ目の視点が必要になった」
では、社会価値起点に立つにはどう動けばいいのか。日立1社だけでは実現できないと東原は考える。サプライチェーンや顧客企業も含めたステークホルダー、自治体や市民らとともに「社会の価値とは何だろう、とあらためて一緒に考えたい」と続けた。
「社会価値の向上で重要なのは、事業をインクルーシブに進めていくこと。社会課題を『自分ごと』として解決していこうという『創造的な市民』を巻き込んで連携していくのが、私たちの次のミッションだと思う」。ここで役割を果たしたのが、後述する組織改革だ。
DXにかかわる事業を1カ所にひもづけ
デンマーク・コペンハーゲン市内を走行する地下鉄の運行システム。これを支えるのが日立の技術だ。乗客の人流に合わせて運行本数を調整することができれば待ち時間が短くなり、非効率な運行も減らせるためCO2の排出量が少なくなる。こうした自動運転システムは鉄道だけでなく、やがてバスや自動車とも連携できるだろう。「法規の改正は必要だが、日本の鉄道網でも技術的にはすぐにでも実用可能」と東原は自信を見せる。
自動運転で24時間運行するコペンハーゲンメトロを支える日立のテクノロジー。各駅のプラットホームほかにセンサーを設置し、地下鉄を待つ乗客数などの人流を解析することで、運行間隔をリアルタイムに変える検証も実施。