優しい嘘か真実か。価値観の狭間で揺れる家族が祖母のために選んだ「正解」とは


そんな中、早朝から戸外で大きな声を発しながら太極拳をしているナイナイに、ビリーが動きや発声を教わる場面で生まれる笑いだけは、嘘偽りがない。この中国古来の身体性が全面に出たシーンは、重要な伏線だ。

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(c)2019 BIG BEACH, LLC. ALL RIGHTS RESERVED.

ビリーの将来を心配するナイナイと、自立を目指す自分の生き方を素直に話すビリーの関係は、他の誰よりも深いものに見える。その分、本当のことを教えなくてもいいのだろうかというビリーの悩みも深まっていく。

どの選択が正解なのか


10人余りの親族が一堂に会しているだけに、大人数で囲む食卓のシーンも多い。彩り豊かな料理がとても美味しそうだ。だがそこで交わされる会話は、なかなか苦い。

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アメリカへ移住したビリーの両親に対し、「お金が大事、子供も投資」という価値観を隠さない叔母と、アメリカはそうとは限らないと美談を披露する母ルー、そして、でもいいところばかりじゃないとツッコミを入れるビリー。「戻ってこないリスクを承知で息子をアメリカ留学させるの?」というルーの問いに、問われた叔母も皆も押し黙る。

中国に残りそこそこ豊かになった親族たちと、アメリカに活路を求めたが成功しているわけではないビリーの家族。ここにあるのは、選択肢が増えた現代ならでは悩みだ。だが正解は誰も持っていない。

何が正解なのかというビリーの悩みは、ナイナイへのガン告知の是非を巡って、後半再度浮上してくる。

若い主治医に対し英語で問われる「ウソをつくの?」というビリーの質問と、「いいウソです」という答え。ロンドンで学び西洋の価値観を身につけているはずの彼でさえ、「この段階になると中国では告知しません」と明言する。

こうした中で、決して中国の習慣すべてに馴染んでいるわけではない母ルーの、「泣くこと」を期待される葬儀の思い出話も興味深い。中国人で西洋的価値観との狭間にいるのは、ビリーだけではないのだ。

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ガン告知に関しては、伯父からビリーに理解を求めて放たれる言葉が示唆に富む。──「西洋では個人の命はその人のもの。東洋では個人の命は全体の一部。母親の重荷を背負うのが息子の義務だ」。

この後、故郷も親族も知らぬうちに失われる心細さを、ビリーは母親に涙ながらに吐露する。緊張の中で自分を抑えてきた彼女の、この感情を爆発させるシーンに、アメリカ的価値観を身につけつつも、アイデンティティのありかを祖国に求めながら生きる移民の姿が二重写しになっている。

賑やかに行われる結婚披露宴は、壮大な嘘の総仕上げだ。表向きはハオハオの結婚を祝いつつ、内実はナイナイへのそれぞれの思いが溢れ溶け合っていく一連の場面は、最後まで嘘を完徹することにしたビリーの行動へと繋がる。

一仕事終え、ビリーが親族たちを従えて公道を歩くのを正面からスローモーションで捉えたシーンは、「ミッションを終了した一味の大行進」風でもあり、また彼女が祖国の伝統的な価値観を体で理解したことを示すものだろう。

帰ってきたニューヨークの街角に、ビリーはナイナイに教わった東洋の身体で立つ。エンドロールが始まってから挿入される「意外」な1シーンも、ピリリと風刺が効いていて爽やかな後味だ。

連載:シネマの女は最後に微笑む
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文=大野 左紀子

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