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シネマの女は最後に微笑む

左からヘレン・ミレン、マニシュ・ダヤル、シャルロット・ル・ボン(Foc Kan/Getty Images)

緊急事態宣言が明けても、東京はじめ大都市では飲食店が時短営業を強いられている。東京都では、酒類の提供は7時まで、人数は2人まで、滞在時間は90分までといった細かい基準が提示されているが、いったいどこまで守られるのか非常に疑問だ。

6月に入った段階で、酒類の提供に踏み切った店は少なくない。筆者の知る中にも、要請の明確な根拠を何度か自治体に問い合わせたもののはっきりした返答がなく、最大限の感染対策を行った上で通常営業に踏み切ったレストランがある。生き残りのためにはやむを得ない。店主がどれだけ心血を注いできたかを知れば知るほど、陰ながら応援したくなる。

というわけで、今回はレストランを舞台にした映画『マダム・マロリーと魔法のスパイス』(ラッセル・ハルストレム監督、2014)を紹介しよう。

原題は「The Hundred-Foot Journey」。100フィート(約30メートル)とは、あるフランス料理店と、道一本隔ててその前にできたインド料理店の間の距離を指す。

対立する料理店の間の心理的に遠い30メートル、フランスからインド、インドからフランスへの「旅」にも思えるその距離が、どのように縮まっていくか。それが、若いインド人シェフ、ハッサン(マニシュ・ダヤル)の成長物語を軸にコメディタッチで描かれていく。

ハッサンの人生を左右した3人の女性たち


頑張り屋の優秀な料理人という以外、特別強い個性の見られないこの青年に影響を与えているのは、3人の女性である。

1人目は母。冒頭でインド、ムンバイのマーケットの雑踏をかき分けていく母親と少年ハッサンの姿が描かれる。天才的な舌をもつハッサン誕生の場面だ。母が遺したスパイスは後に、ハッサンの料理の重要な核となっていく。彼にとって母は道標だ。

2人目は、フランスで出会うマルグリット(シャルロット・ル・ボン)。敵対するフレンチレストランの副シェフだが、同じ料理人としてのシンパシーでハッサンと通じ合う。同業者同士の恋の難しさも描かれて興味深い。彼女は同伴者と言えるだろう。

3人目が、ミセス・マロリー(ヘレン・ミレン)。最初は敵として登場し、やがてハッサンの人生に重要な役割を果たすことになる。彼を導き広い世界に押し出していく彼女は、教師である。

ドラマを通してハッサンと3人の女性の関係を見ていこう。

ムンバイで人気レストランを営んでいたハッサンの一家だったが、政治動乱に巻き込まれて店と母親を失い、パパ(オム・プリ)と5人の子供たちは南仏へと逃れてくる。

風光明媚な田舎町に格好の売り家を見つけるものの、向かいは一つ星レストランとして有名なマダム・マロリーの「ル・ソール・プリョルール」。売り家に残されていた料理本などから、どうやら前の持ち主はレストラン戦争に負けて去ったことが窺われる。

頑固一徹で負けん気が強く、バイタリティのあるパパのキャラクターがいい。早速様子を伺いにきたマロリーの冷たい上から目線に怯むことなく、廃屋をインド料理店「メゾン・ムンバイ」に生まれ変わらせるべく大改装に着手する。

言い出したら一直線のパパに呆れつつも、よく働く明るい子供たち。母親譲りの料理の腕を買われているが、まだどこかに少年の面影も残す次男ハッサンの、口数は少ないが料理にかける情熱が伝わってくる真摯な眼差しが印象的だ。

文=大野 左紀子

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