攻防戦から調和へ 天才シェフをつくった3人の女たち

左からヘレン・ミレン、マニシュ・ダヤル、シャルロット・ル・ボン(Foc Kan/Getty Images)


インド人一家の奮闘を鼻で笑うマロリーの店のシェフたちの中で、若い副シェフ・マルグリットは、ハッサンに興味をもっている。当初、車の故障で立ち往生の一家を自宅に連れてきて、ありあわせでもてなすような親切心に溢れる彼女に、ハッサンも悪い印象はない。同業者同士のシンパシーはやがて恋へと発展する。
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一方、偵察に来てオープニングのメニューを知ったマロリーは、市場で食材を買い占める妨害工作に。「戦争だ!」と叫ぶパパ以下が大わらわで準備に走りまわる一連のシーンはスリリングだ。

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マロリーを演じたヘレン・ミレン(Getty Images)

ハッサンとマルグリットの微妙な空気、パパとマロリーの完全な敵対、そしてヌーベル・キュイジーヌを供する「ル・ソール・プリョルール」とスパイスたっぷりの「メゾン・ムンバイ」の、鮮やかすぎる対比。
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さまざまな関係性が、ドラマの進行に従って意外な方向に動いていく。

ライバルとの関係に生まれた変化


「メゾン・ムンバイ」の賑やかで楽しげに飾られた店内、刺激的な香りが漂ってきそうな食欲をそそる料理の数々、そして強引な客引きシーンが笑いを誘う。インド人が珍しがられる田舎ゆえ、最初は遠巻きにされているが、いったん美味しいということがわかると噂が噂を呼んで大繁盛に。

味の秘密は、ハッサンが亡き母から受け継いだ各種のスパイス。それはレストランの窮地を救い、ハッサンの運命を切り開いていく鍵となる。パパが悩んだ時「おまえならどうする……」といった具合に天国の妻に聞くほど、ハッサンの母の存在は大きい。

ファイティングポーズを崩さなかったマロリーが認識を変えるのは、ハッサンが持参した鳩のトリュフ添えを試食してからだ。その時は冷淡な態度をとった彼女だが、敵対感情が昂じて「メゾン・ムンバイ」に大きな被害をもたらしたシェフをクビにした後、1人で壁の落書きを消しにやってくる。

単に従業員のしでかしたことの責任を取るためだけではない。「ここには研究熱心で優秀な料理人がいる」という意識が、プライドの高い彼女にそんな振る舞いをさせているのだ。

この後、初めて店内でインド風オムレツを食べたマロリーを、背後から捉えたショットがすばらしい。一口口に運んだ後で、スーッと伸びていく背筋。その味が、思わず姿勢を正させるほど彼女に衝撃を与えたことが、無言のうちに伝わってくる。

ここからフランス、インド間の距離はデコボコを孕みながらも徐々に縮まっていく。ハッサンを育てたいというマロリーの粘り強い交渉に、やっとパパが応じる一連のシークエンスは胸に迫るものがある。

大きく俯瞰で捉えられた、向かい合う二つの店の間の道。その10フィートの距離を「インド」から「フランス」へと歩くハッサンの姿は、まさに料理が国境を越えていくさまを示している。

「メゾン・ムンバイ」が大きな被害を受けた1年前と同じパリ祭前夜に、マロリーが自らアペリティフの皿を持ってやってくるのも象徴的だ。打ち上げ花火に彩られたこのお祝いシーンは、過去敵対していた両者の分かち合い精神に溢れて美しい。

一方、抜擢されたハッサンと同じ厨房に立つマルグリットは恋心を引っ込め、ライバル心を剥き出しにしてくる。素朴すぎるために彼女の心が読めないハッサン。マルグリットがハッサンを心から認めるには、もう一山越える必要があった。

やがてハッサンには、この上ない栄光とチャンスが訪れる。彼の成長過程に影響を及ぼした3人の女性たち、そして2つのレストランが、最終的にさまざまな距離を超えた1つの大いなる調和へと至っていくさまが見事だ。

連載:シネマの女は最後に微笑む
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文=大野 左紀子

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