シネマの女は最後に微笑む

祖母に伝えるのは真実か、優しい嘘か─(c)2019 BIG BEACH, LLC. ALL RIGHTS RESERVED.

毎日のようにテレビやネットで世界中の情報が流れ、それら情報のさまざまな言語や文化や価値観が混じり合っている中に身を浸していると、もともと「自分のいた場所」がどこなのか、ふとわからなくなることがある。

私たちはそれぞれが個別のルーツを持っているが、その上に新たに身につけた文化や価値観を上書きして生きている。スピードの早い現代生活の中で、元のルーツを思い出す機会は少ない。

ある文化圏からまったく別の文化圏に移動した時、あるいは何らかのきっかけで「自分のいた場所」をたどり始めた時に、そのことに気づくのだろう。その時、内なる文化や価値観が衝突を起こすこともあるかもしれない。

監督が自身の体験を元にして撮った『フェアウェル』(ルル・ワン監督、2019)は、祖母へのガン告知を巡って悩む中国人女性を中心に、文化や価値観のずれの中で生きる人々を描いたコメディ。第77回ゴールデングローブ賞女優賞をはじめ、数々の映画祭で作品賞や女優賞を獲得した佳作である。

親しい仲の「小さな嘘」


ビリー(オークワフィナ)はニューヨークに住む中国系アメリカ人。6歳の時、父母と共にアメリカに渡って25年。作家としての自立を目指しているが、グッゲンハイム・フェローの選考に外れ落ち込んでいる。

彼女がよく電話で話しているのは、故郷の長春に住む大好きな祖母ナイナイ(ナイナイとは「おばあちゃん」の意味)。ドラマは、検査に来た病院からそれを隠して孫娘に電話するナイナイと、フェロー不合格を伏せているビリーという、親しい仲の小さな嘘から始まる。

そもそもタイトルロールに出てくる文言が、「実際にあったウソに基づく」。いったいどんな嘘を、誰が誰につくのだろうか。

父ハイセンと母ルーの様子がおかしいのに気づいたビリーは、ナイナイが余命3カ月のガンで、しかも本人は医師からそれを知らされていないと聞き、ショックを受ける。

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ついては、従兄弟で日本在住のハオハオが日本人女性との結婚式を長春で挙げるという機会に乗じて、親族がナイナイの元に集まることに。人一倍おばあちゃん子のビリーの「正直さ」を恐れた父母だが、ビリーはじっとしていられず両親を追って後から長春へ。

久しぶりのビリーとの再会やハオハオの結婚に、喜びで一杯のナイナイ。一方、ナイナイの世話をしているリトル・ナイナイ(彼女の妹)はもちろん、伯父夫妻はじめ全員がナイナイの病気を知っていて、それを本人にだけは隠しているという、かなり微妙な状況だ。

次第にわかってくるのは、ハオハオの結婚式は親族が集まる理由をナイナイに納得させるためのでっち上げで、日本人婚約者として紹介されるアイコもその役をやっているだけということ。

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重苦しい気分でナイナイのために集まった親族たちの、嘘をさとられまいとする演技がおかしい。娘の正直さを心配したわりに、自分はすぐ顔に出てしまう父ハイヤン、出会って3カ月で結婚を決めたことになっているハオハオとアイコのぎこちなさ。

一方、孫の結婚式準備に1人大張り切りで、息子たちの元気のなさを逆に心配するナイナイの無邪気さ。それぞれの思いが、ユーモアと温かみをもって描かれていく。

文=大野 左紀子

映画
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