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Kohei Hara /Getty Images

次から次へと悩み事が現れ、そのたびに立ち止まってしまう。頭の片隅にいつも漠然とした不安があって、なんとなく心が晴れない。あれこれ心配することが「クセ」になってはいないだろうか。

どうやったら、心配や悩みを抱えるクセを手放すことができるのか。曹洞宗特雄山建功寺の枡野俊明住職によれば、さまざまな悩みの正体は「妄想」だという。この妄想をできるだけ減らすことが、人間関係を円滑にし、悩みを減らすことにつながるのだ。

今回は、著書「心配事の9割は起こらない 減らす、手放す、忘れる──禅の教え」(三笠書房)から、悩みを抱え込まないでいられる心の持ち方について、一部抜粋してお伝えする。


実体がないことについて悩まない


余計な不安や悩みを抱えないように、他人の価値観に振り回されないように、無駄なものをそぎ落として、限りなくシンプルに生きる。それが、私の言いたいことです。

禅僧という立場だからでしょうか、私はたくさんの人からさまざまな相談を受けます。内容は千差万別ですが、それでも大別すれば、不安や悩み、迷い……といったものです。

そんな話にじっくり耳を傾けてみると、気がつくことがあります。それは、そのほとんどが、実は「妄想」や「思い込み」、「勘違い」や「取り越し苦労」にすぎない、ということです。「実体がない」といってもいいでしょう。

「あなたは当事者じゃないからそんなことがいえるんだ!」「食事も喉を通らないほど悩むことが現実にあるのよ!」、そう、お叱りを受けるかもしれませんね。

しかし、「幽霊の正体見たり枯れ尾花」というではないですか。これは、幽霊と恐れていたものが、なんのことはない、ただの枯れたススキだった、ということですが、心にわだかまったり、心を落ち込ませたりしているものも、実はそれと同じ。客観的に見れば、「なんでもないこと」に振り回されてしまっていることが多い、というのも、やっぱり本当のことなのです。

あなたには、こんな経験がないでしょうか。なにか不安や悩みがあって、心がどんより重たかったのに、ふとした言葉や行動がきっかけとなって、「なんだ、たいしたことないじゃないか」と、嘘みたいに心が軽くなった──。「禅の教え」は、そんなきっかけの宝庫です。

「禅」というと、みなさんはどんなイメージをお持ちでしょうか。深遠で高邁なもの、つまりは、難しい世界だという印象を持っているかもしれませんね。実際、とらえどころのないような会話を「禅問答のようだ」といったりもします。しかし、それは大いなる誤解です。

禅の教えは、とても身近なところにあります。日々の暮らしとしっかり結びついています。例えば、部屋に上がるときに、脱いだ靴をきちんとそろえる──。こんなことも禅の教えの日常的な実践なのです。禅語の「脚下照顧(きゃっかしょうこ)」は、まさしくそのことを言っています。

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