オフィスのなかにある壁を展示場所として提供し、そのアーティストを公募するというAIOの大枠は、松本さんの発案から生まれたという。そこに塩見さんが、ひとつの考えをサジェスチョンした。
「私としては、マネックスの社員の人たちにとって、AIOが『社長プロジェクト』になるのは避けたいと思っていました。そこで、受賞アーティストと社員とのワークショップをやろうと提案しました。
アーティストが突然オフィスにやってきて、社内で作品を描いても、社員の人たちとしても唐突感があると思います。だからワークショップを行って、社員とアーティストの交流をしようというプログラムをやりたかったんです」
こうして、いまのかたちとなったAIO。実際の選考過程では、作品のアイデアの他、社員向けイベントの内容についても審査基準に入っている。
選考に選ばれたアーティストは、1週間から2週間ほど、GALAXYを専用のスタジオとして使い、作品づくりに取り掛かる。その期間中にマネックスの社員向けワークショップを行い、交流をはかるのだ。
ワークショップでは、普段は接点のない社員同士が出会い、そこで意外な発言や意外な趣味、意外な経歴に出会ったりするという。AIOのワークショップが、社員にとってもお互いを知る機会にもなっているのだ。
ワークショップの時以外でも、アーティストが滞在中は、GALAXYのドアはいつも開かれている。それによって、社員にとってもアーティストが身近な存在となり、当初はアートに関心の薄かった社員も、回を重ねるごとに次はどんなアーティストがやってくるのか、楽しみにする人も増えたそうだ。
アーティストにとっても、AIOの存在価値は高まっている。過去の受賞者のなかには、GALAXYに作品が展示されたことで知名度を上げ、活躍の場を広げたアーティストもいる。
アートをオフィスに置く理由とは
それにしても、なぜ松本さんは、数あるアートのジャンルのなかでも、コンテンポラリーアートにこだわるのだろうか。
「コンテンポラリーアートは、作家も同じ時代を生きています。ですので、よくも悪くも作家は鑑賞者とコミュニケーションをはかろうとするんです。奇を衒ってみたり、痛切な悲鳴を込めたり、生臭さを強調したり……、いまを生きている作家が、いまを生きている人に、何かを仕掛ける。それが、コンテンポラリーアートの良さなのです。
クラシックな作品は、既に出来上がっている作品です。それを観て『いいね』とか『悪いね』とか批評する、鑑賞対象にすぎない。でもコンテンポラリーアートには、インタラクション(相互作用)がある。まるで、作品の向こうから手を伸ばしてくるような。
そのインタラクションが、『いま』を相手にしている私たちのビジネスにも通ずるものがある。いまを生きている私たちが、いまを生きているお客さまを相手に、どうやったら自分たちのサービスを使ってもらえるか。そのやりとりが、コンテンポラリーアートのインタラクションと似ている気がするんです。そこが面白いと感じていたので、やるなら絶対コンテンポラリーだなと、ずっと思っていました」
そうは言っても、「アート=難しい」といったような、アートに対して高いハードルを抱いている人も、社会にはまだ多くいるだろう。それがコンテンポラリーアートとなれば、なおさらだ。
「コンテンポラリーアートは意味がわからないという人がいますが、私はコンテンポラリーアートのほうがわかりやすいと思っています。コンテンポラリーアートは、生食、生の食べ物なんです。人によって合う合わないがある。食べたら美味しいと思うものもあれば、ゲッと吐いてしまうものもある。
でも、生ではない乾物だと、たいして美味しくないし、たいしてまずくもない、つまり味覚にあまり差が出ない。古い芸術には、乾物のような確立された味わいを覚えるんです。だから、生のもののほうがわかりやすいと私は思う。
ただ、コンテンポラリーアートの作家とのやりとりができてくるように感じると、だんだん物故作家とのコミュニケーションもできるような気になってきます。最近は私も歳をとって、江戸時代のお茶碗とか、焼き物とか、漆器とか過去の作品とのコミュニケーションも成り立つような感じがしてきましたね」