研究開発と製品化の壁を超えるために
網盛がe-skinの前進となる技術を目にしたとき、それはまったく製品にできるレベルではなかった。大きな課題は耐久性と量産性。研究室では学生が10日間くらいかけて一生懸命1つのサンプルを作り、それでデモや実験を行うが、製品としてローンチするためには最低でも一人で1日10個は作れるようにする必要があった。つまり100倍の製造スピードが必要だということになる。網盛は耐久性と生産性を上げるために、素材と製造方法を根本から見直すことにした。
開発段階のe-skinに使えるセンサーインクは有機溶剤系のものしかなかった。大量生産するためには、アパレルの縫製工場で製造を行いたかったが、有機溶剤系のインクを扱うためには工場が防爆設備を整えていないといけない。有機溶剤系のインクでこの課題をクリアするための選択肢は2つで、アパレルの工場に防爆設備を整えるか、防爆設備が整った他の工場をアパレルの工場に変えるかだ。
しかし、これらの方法はいずれも莫大な費用と時間がかかってしまう。網盛はこの課題を発想の転換によって解決した。製品そのものを防爆設備が必要とならない材料で作る方法に切り替えたのだ。それにより既存の縫製工場でもe-skinの量産に着手することができ、初期投資を数億円単位で抑えることができた。
このケースで特筆すべきことは、事業開発初期の段階で課題に気が付き、手戻りを発生させることなく回避できた点だ。網盛曰く、「新しい技術だから新しい設備に投資しないといけないという固定観念から企画が進んでいるケースが結構ある」という。
研究開発中の技術の事業化を検討する時点で、生産設備の制約に焦点を当てることは、実際に現場を経験した人でなければ難しい。複数のプロジェクトで実際に研究開発や事業開発の支援をしてきた網盛の経験があったからこそ予見できた課題だった。
e-skinが目指す新しい日常
網盛は今年1月のCESで高齢者向けのスマートアパレル「e-skin Sleep & Lounge」を発表し、アクセシビリティのカテゴリーでイノベーションアワードを獲得した。e-skin Sleepはパジャマで、睡眠状態をモニタリングし、e-skin Loungeは普段着として日々の行動のモニタリングと転倒検知を行うことができる。
我々は日常的に洋服を着ているため、洋服を着ていること自体を意識することはほとんどない。今後、e-skinの活用の幅が広がり、洋服のようなデバイスで日常的に健康状態を可視化できれば、それは究極の予防医療となるだろう。
また、e-skinのコアとなる技術は伸縮性の素材の上に電気を流すことができる、繰り返し洗濯できるほど耐久性の高い「基盤」だ。それはモニタリングデバイス以外での活用にも多くの可能性を秘めている。今年の夏にはe-skinの技術が活用されたEMS(Electric Muscle Stimulation; 筋肉に電気刺激を与えて効率的に筋力トレーニングを行うデバイス)スーツが発売される予定だ。ケーブルレスで着心地がよく、しかも繰り返し洗える。まずはジム施設に提供されることになる。
将来は洋服だけでなく、インテリアのファブリックや車のシート等にも活用が拡がれば、これまでの生活を一変させるようなユーザー体験を実現できるかもしれない。e-skinの今後の展開を楽しみにしつつ、自分ならこう使いたいというアイデアを妄想してワクワクしていようと思う。
連載:ゼロイチの創り方を考える
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