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シネマの女は最後に微笑む

Photo by Det Danske Filminstitut / Når dyrene drømmer

長期化するコロナ禍の中、「ウイルスより恐ろしいのでは?」と思わされるのが、過剰な同調圧力だ。

定められた範囲内で営業している飲食店やライブハウスへの誹謗中傷や通報、迷惑電話、嫌がらせの張り紙で営業妨害をする、いわゆる「自粛警察」が問題になっている。店舗の駐車場などに停まっている県外ナンバーの車が何台も傷つけられたという事件もあった。

医療従事者への感謝や激励の影で、「コロナいじめ」という言葉も見る。病院で働いているというだけで、公園から出て行ってくれと言われた親子。保育園に子供を連れて来ないように言われた看護師もいたという。

他人に常に疑いの眼差しを向け、少しでも他の人々と違うところがあれば差別し排斥しようとする空気は、「多様性」とは真逆の、異物を決して受け入れない硬直した社会を招き寄せるだろう。

今回紹介するのは、まさに異物として生きることを問う『獣は月夜に夢を見る』(ヨナス・アレクサンダー・アーンビー監督、2016)。デンマークとフランスの合作で、数々の映画祭で受賞しているミステリー・ホラーだ。

僕は君のそばにいる。たとえ君が“何者”でも──


舞台はデンマークの小さな港町。がらんとした往来や人のいない室内が、誰かの淡い記憶のように抑えた色調で映し出されるタイトルバックの映像に、「ここで一体何が起きたのだろう」と引き込まれる。

冒頭は、マリー(ソニア・ズー)が医師の診察を受けているシーン。細面に金髪のマリーは、寂しげな瞳ときゃしゃな体躯が繊細な印象を与える19歳。父と車椅子の母の三人暮らしで、母は娘と同様美しい女性だが、瞳でわずかに意思を示す他は、手足は動かず口も訊けない。

父と協力して母の介護をしながらひっそりと暮らすマリーの中には、胸に小さな痣ができたことと自分には知らされない母の病が関係しているのでは……という懐疑が生まれている。

ところでこの映画の公式サイトや広告を見ると、口の端から血を垂らしたマリーの顔の横に「僕は君のそばにいる。たとえ君が“何者”でも──」というコピーがあり、その下にはマリーを抱きしめている悲壮な表情の青年が写っている。

これらの情報と『獣は月夜に夢を見る』というタイトルから大概の人が、徐々に獣に変身してしまう女と彼女を愛する男の、ホラー味の純愛ファンタジーかな? くらいの想像はつけるだろう。

それは一応間違っていないのだが、「純愛」には思ったほど重点は置かれてはおらず、単なる獣人譚でもない。このドラマで示される「獣」とは、「若く美しくなにものも恐れない女」の隠喩なのだ。その「獣性」を無意識のうちに発現させていく女と、彼女に対して生まれる周囲の人々の差別や恐怖が描かれている。

文=大野 左紀子

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