「もの言わぬ女」でなく、「獣」になることを選んだ少女


この先自分がどうなるのかをやっと父から聞き出したマリーが、薬を勧められても拒否するのは、母と同じ「もの言わぬ女」になりたくないからだ。「もの言わぬ女」として生かされるくらいなら、「獣」になったほうがましなのだ。この決断は重い。

自らの中から沸き起こってくる強い衝動を持て余し、床に四つん這いになって、金色の毛が生えてきた背筋をのたうたせるマリーの、華奢な身体ゆえにそれ自体が別の生きもののように激しく動く肩甲骨が、ぞっとするほど美しい。

海辺に打ち捨てられた廃船の中を一人で探索し、写真で見た、鋭い爪の残る船底の天井をマリーは発見する。母についてどんな噂が流れていたのかを尋ねる彼女にフェリックスが漏らしたのは、「お母さんは怖がられていた」。

そして、ついに悲劇が訪れる


フェリックスに誘われたクラブで踊るマリー、そして「獣になる前に抱いて」とダニエルをセックスに誘い、上になって攻撃的なまでに快楽を貪る姿は、金の長い産毛が額の半分を覆い背中にもフサフサと毛を生やした獣であり、同時に「若く美しくなにものも恐れない女」そのものだ。

自宅のベッドに寝ているマリーに無理やり注射をしようとした医師を、「獣性」が目覚めてしまった母が襲った場面から、事態は急速に血なまぐさい様相を帯びてくる。もちろん母は「自分のようにならないように」娘を救ったのだ。だが行方不明となった医師を探す町の人々は母に疑いの目を向け、ついに悲劇が訪れる。

深い悲しみと人々への怨嗟に囚われたマリーが、進行する自らの獣化を周囲の目から隠そうとしなくなっていく場面は痛ましい。追い詰められてとうとうエスベルに牙を剥いてしまった彼女に、ダニエルは逃避行を提案する。

もちろんそれは血塗られた道行きとなる。「獣」として目覚めた女を愛し続けることは、男に可能か? 静かなラストシーンは、そう問いかけている。

連載:シネマの女は最後に微笑む
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文=大野 左紀子

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