「マヨネーズが嫌い」 ロシア人No.1シェフのこだわりと心意気

「ホワイト・ラビット」のシェフ、ウラジミール・ムーヒン

2019年版の「世界のベストレストラン50」で第13位に輝いたモスクワのレストラン、「ホワイト・ラビット」のシェフ、ウラジミール・ムーヒンは「マヨネーズが嫌いだ」と言う。

卵黄と油と酢を混ぜ合わせた調味料であるマヨネーズは、日本では「マヨラー」という言葉があるほど愛されている。しかしそのマヨネーズに対する愛は、実はロシアの人たちの方が強いかもしれない。なぜならロシアは、国民1人あたり年間6.4kgと、消費量では世界一を誇る「マヨネーズ大国」だからだ。

オーストラリアの有名シェフのレストランを訪れた際にも、こんなことがあった。シェフが「ジャパニーズソースを使った」と言うので、どんなソースかと訊いてみたら、彼は得意気に日本の有名マヨネーズメーカーの名前を口にしたのだ。

ロシアを代表する料理と言えば、ジャガイモと人参とグリーンピースをマヨネーズで和えた「オリヴィエ・サラダ」や、油漬けのニシンとビーツ、ジャガイモなどをサラダにした「シューバ(毛皮のコート)を着たニシン」など、数多くのマヨネーズ料理もある。

そのようなお国事情を考え合わせると、ムーヒンの「マヨネーズが嫌いだ」と言う言葉の裏には、何か特別な理由がありそうだ。



マヨネーズは社会主義体制の象徴


実は、マヨネーズがここまでロシア料理に取り入れられるようになった背景には、帝政ロシアの崩壊後、75年間続いた社会主義にある。安価で保存が効き、寒冷地でも必要なカロリーがたやすくとれるマヨネーズは、質実剛健な社会主義に適合した調味料として、大量生産され、ありとあらゆる料理に使われた。

今から19年前の1991年まで続いた社会主義体制。平等という名の下に、創造的であることを禁じられた時代。レストランであっても、スターリンが承認して1939年に出版された「美味しくて健康的な食べ物の本」に掲載されている料理しかつくることができなかったという。

ムーヒンは、両親のみならず、祖父も祖母も料理人で、働き盛りで忙しい両親に代わり、祖父母が親代わりだった。可愛がってくれた祖父は、自らが経営するレストランで、バター20kgの支払いがわずかに滞ったために、1年間投獄された。

「信心深かった祖父が、すっかり人が変わってしまった。戻ってきて、聖書を破って、タバコの巻紙にするのを見たときは、とてもショックだった。まさに人生が狂ってしまった。祖父本人だけではなく、僕たち家族もね」とムーヒンも語るように、社会主義体制下にあった子供時代は辛い記憶も少なくない。

現在36歳、ソ連崩壊後に成人となった新世代に属する彼にとって、まさにマヨネーズは、料理の自由も奪われた社会主義体制を思い起こさせる象徴なのだ。うがった見方をすれば、彼の「マヨネーズが嫌いだ」という言葉の裏には、暗黒の時代のロシア料理に対する決別宣言さえ含まれているのかもしれない。
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文=仲山今日子

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