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2020.02.14 18:00

乳がん初動のイロハ、書かなきゃ|乳がんという「転機」 #9

新卒で入った会社で25年間働き続け、仕事、育児、家事と突っ走ってきて、「働き方改革」のさなかに乳がんに倒れた中間管理職の連載「乳がんという『転機』」9回目。

術後2日目、友人の来訪に感謝


2017年5月12日、術後2日目。学生時代からの友達の亜季が来てくれた。亜季と、私同様乳がんになった智子と、私は、語学のクラスが一緒だったので、大学時代よくつるんでいた。亜季はいまや新聞社の偉い人になっているが、人の話を聴くときの、うんうんとうなずく独特の動きが、学生の頃と全く変わっていない。

彼女が書いた最新コラムのコピーを持ってきてくれた。下の階のコンビニに行くとダメージが大きかったので、ボサボサの髪をなんとかするためのピン留めや、生理用品など、身内に頼めよという感じの買い物をお願いしてしまった。夫も両親も、平日の中高生を中心とした生活に追われて、病院にはなかなか来ることができない。

亜季が買って来てくれたピン留めは、私の髪と同じ色の、「まさにこれが欲しかった!」というサイズと個数だった。細かく説明していなかったにもかかわらず、生理用品も「まさにこれ!」という絶妙なサイズで、やはり甘えてよかったと思った。

乳がん

甘えついでに、大きなウェットタオルで、背中を拭いてもらった。傷が痛くてどうしても背中は届かない。何度も何度も、隅から隅まで拭いてくれて、ありがたくて涙が出そうになった。

彼女が帰ってから、コラムをじっくりと読んだ。政治家を一刀両断にしていた。あっぱれな切れ味に、元気をもらった。

21時消灯で眠ることは、どうしてもできなかった。術後の興奮状態がなかなか冷めないせいかもしれない。

規則はゆるく、先生方も看護師さんもおおらかで、とても快適な病院だが、21時を過ぎると、たいてい20分以内に、非情にも必ず電気が消える。消えても、眠れない。傷が痛くて運動していないせいもある。明日、少しでもよくなっていたら、もっと歩いてみようかな。まずは、このフロアから。

同室の4人が「同志」に


2017年5月13日、術後3日目。同室の淑子さん、香織さん、莉子さんとは、とても仲良くなった。この日は、4人で病室の真ん中に集まって、井戸端会議になった。椅子はないので、立ったまま、笑いながら、話した。

香織さんは、「お見舞いに来てくれる人にはみんな、触らせてあげているの」と、乳房切除と同時に再建したシリコン入りの胸を触らせてくれた。自然なやわらかさだった。「両方とも手術だったから、元のサイズより大きく再建してもらった」そうだ。なんて前向きな……。しかし、他人の胸を触るなんて、人生でこれが最初で最後だろうな。

全員が、がんの告知を受けて、打ちのめされたところから這い上がってきて、似たような手術を受けて、同じくつらい術後の数日を経て、同じ一つの部屋で10日間寝食を共にしている。この「同志」感たるや、半端ない。

最初は個室に入りたかったが、一番安い個室でも一晩4万円近くするから断念した。が、今となってはこの部屋になって本当によかったと思う。莉子さんはこの4人のチームを「ピンクリボン部」と名付けた。そして、退院後も、退院祝い、半年祝い、一年祝い……と声をかけあって集まり、部活をしている。莉子さんと私は、ピンクリボンアドバイザー認定試験を受ける予定だ。
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文=北風祐子、写真=小田駿一、サムネイルデザイン=高田尚弥

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