自転車人口の増加は環境に良いだけでなく、個人や社会の経済メリットにも繋がる。日常的な運動で健康な人が増え、医療コストの削減と生産性の向上も期待できるうえ、電車やバスに比べて行動が自由になるため、買い物に立ち寄る頻度が増えるといった純粋な経済活性効果も認められているのだ。
しかし、一度染み付いた人の習慣を変えるのは困難だ。いくら自転車が健康にも環境にも良いと伝えても、人は慣れ親しんだ、しかも便利なことを簡単には手放せない。
デンマーク政府は長期戦を覚悟のうえで、自転車専用の高速道路や橋の構築、公共施設内の自転車置き場設置、自転車教育の強化など、自転車を中心とした都市デザインを企業や自治体と協業しながら行なってきた。
デンマークの電車には自転車用の車両がある。公共交通機関にも自由に自転車を持ち込む事が可能だ
自転車=自由と平等の象徴
その中でも、自転車への切り替えという新たな取り組みに伴う偏見・不安といった人々の心理的障壁を取り除くことに重点を置き、学校や職場、家族といった既存コミュニティが持つ社会システムの力を上手く利用している。小学生になる頃には、手信号を含めて安全に自転車に乗れるよう教育が徹底され、自転車での通学が普通になる。
会社に自転車で通勤した人にはインセンティブが与えられ、小さな子供がいる家庭はデンマーク発のパワフルな荷台付三輪車で一緒に移動がしやすいようにする。徐々に自転車は、社会クラスに左右されず子供からお年寄りまで誰もが利用する、自由と平等を象徴する存在へと育っていった。
特に強いこだわりを持たない層は、周囲のコミュニティで良いとされている価値観に影響を受け、同調しやすくなるという社会のパターンがある。人口が少なく信頼関係が強い“デンマーク村”では、社会的なプレッシャー・同調圧力が特に強いように感じる。
「雨でも冬でも自転車だよ」という誇らしげな彼らの発言からは、自転車と社会的なアイデンティティ・帰属意識を強く紐づけている印象を受けた。
システム思考で用いられるループ図の例。個人・社会・環境の各要素がどう作用しあえば好循環となるか、俯瞰して思考を整理する際に役立つ
筆者も日本にいた時は自転車に乗る習慣がなかったので、デンマークに来てからもしばらくはこの移動手段自体に関心がなかった。しかしある時友人の勧めで自転車のシェアサービスを利用してから、公共交通手段よりも速く、快適に移動できる自転車の魅力に気づき、徐々に自転車なしの生活に耐えられなくなっていった。
事実、デンマークにおいても「環境に良いから」という理由で自転車に乗る人は全体の1%程度だという調査結果がある。ほとんどの人は「速いし、健康に良いから」という自己利益のために乗っている。
個人の欲求の追求が、「次の世代」や「外の社会」にも良い循環をもたらす。このシステムの構築こそ、小泉進次郎環境相が目指す「セクシーな気候変動問題への取り組み」に不可欠な要素なのではないだろうか。
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