人類至上主義を確固たるものにした「虚構を信じる力」の正体とは。『サピエンス全史』の訳者 柴田裕之に聴く(対談第2回)

柴田裕之


農業革命が他の動物を絶滅に追いやった

農業革命には宗教革命が伴っていたらしい。狩猟採取民は野生の動物を狩り、野生の植物を摘んだが、それらの動植物はホモ・サピエンスと対等の地位にあると見なすことができた。(中略)生き物は直接意思を通わせ、共有している生息環境を支配している規則について交渉した。それとは対照的に、農耕民は動植物を所有して操作しており、自分の所有物と交渉するような、自らの体面にかかわるようなことはほとんどできなかった。したがって、農業革命の最初の宗教的結果として、動植物は霊的な円卓を囲む対等のメンバーから資産に格下げされた(サピエンス全史・下・P12)

武田:自然と動物を愛したというアメリカ先住民へのイメージも変わりました。彼らは西洋からの侵略者に征服されてしまったと理解されていますが、『サピエンス全史』を読むと、狩猟民族が絶滅に追いやった種類のすさまじい数に驚きました。

柴田:彼らもまた征服者で他の動物を絶滅に追いやった側というのがわかります。私たちの持つ自然観の狭さにも気づきます。例えば、日本でも里山イコール自然というイメージがあって、「里山を守りましょう」と言うけれど、里山も人造物なのですから。

武田:虚構を信じるのは、強烈なパワーですね。これを読むまでは、農業革命はすべからくいいものだと思っていました。

柴田:それがただの“詐欺”だったという。

武田:先生は“贅沢な罠”という日本語で訳されていました。農業革命当時は貧しかったようですね。

柴田:“贅沢な罠”というのは、原文の「The Luxury Trap」をそのまま訳したものです。もっと楽な暮らしを求めて農業を始めたはずなのに、農業で生活が安定するどころか、多くの人にとっては苦労の時代の幕開けということになってしまいました。食生活は貧しくなり、一つの食物で栄養を摂るからバランスが崩れる。不作のときには飢える。そして疫病がおこったときには、集団生活のせいであっという間に病気が拡がり、大勢が命を落としてしまうのです。

武田:加えて、農業により所有が生じるので、戦争が激化していった。

柴田:狩猟採集民時代は最小限で移動可能なものしか持てなかったのに、農耕民は定住して収穫して、保存する。すると、財産ができ、エリート層が生まれ、富の蓄積が加速して争奪戦が起こるということですね。

武田:いいことなどひとつもないのに……。

柴田:ひとついいことがあるとすれば、人口が増えたことは生物として大成功ですよね。また、小麦についても、人間が栽培したのではなく、人間が家畜化されたという表現が出てきました。

武田:あれはハラリさん独特のシニカルなユーモアでしたね。農業革命から貨幣が生まれ、文字が生まれていったのも、大量の人間をつなぎ合わせるための必然だったと考えられます。

柴田:武田さんは、先ほどダンバー指数とおっしゃいましたけれど、150人を超えないと、帝国にはなりません。

武田:そのためには、共同主観的な物語が必要なんですね。
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文=武田 隆

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