人類至上主義を確固たるものにした「虚構を信じる力」の正体とは。『サピエンス全史』の訳者 柴田裕之に聴く(対談第2回)

柴田裕之


「貨幣」「文字」「人権」「平等」も虚構の代表例



仮に私だけがドルや人権やアメリカ合衆国の存在を信じるのをやめても、どうということはない。これらの想像上の秩序は共同主観的なので、それらを変えるためには、何十億もの人の意識を同時に変えなくてはならない(サピエンス全史・上・P152) 

柴田:ハラリさんは、主観と客観だけではなくて、共同主観的なものがとても大事であることを指摘しています。中でも、貨幣というのは最も成功した虚構かもしれない。ただの紙切れや金属の塊が、すべての人に受け入れられているのですから。自由主義や資本主義のイデオロギーは認めないテロリストもドルの価値だけは信じています。

虚構は共同主観として受け入れられた時に、威力を発揮していきます。多くの人が信じることで、パワーを生み、次なる共同主観的なものになっていく。

武田:文字も見知らぬ人同士で協力し合える道具であり、規模が広がる後押しをしていったとも考えられます。しかし、ハラリさんはこれを人間のパワーとして素晴らしいとは言っていません。

柴田:はいそうです。一元的には言いません。

武田:強いことを認めつつ、シニカルに批判していますよね。

柴田:現代の民主主義、自由主義的な価値観での「人権」も虚構であり、良し悪しがあると言っています。近代のイデオロギーでも共産主義とファシズムは淘汰され、自由主義的な虚構を選ぶ人が多いことが想像されます。現実的に、アメリカやカナダに移住したいと思う人はいても、北朝鮮に移住したいという人はほぼいません。ですから虚構であっても、それぞれ好ましさの度合いが違っていることは間違いないとは思います。自由主義を虚構と言い切っていますが、それ以前の虚構に比べたら、おそらくいい虚構なのでしょう。

武田:虚構を信じることを一切やめ、生物学的に事実だけで言い換えたアメリカの人権宣言が以下です。

アメリカ独立宣言の例の一文を生物学の言葉に翻訳すると、以下のようになる。
我々は以下の事実を自明のものと見なす。すなわち、万人は異なった形で進化しており、変わりやすい特定の特徴を持って生まれ、その特徴には、生命と、快感の追求が含まれる。(原文:我々は以下の事実を自明のものと見なす。すなわち、万人は平等に造られており、奪うことのできない特定の権利を造物主によって与えられており、その権利には、生命、自由、幸福の追求が含まれる。)(サピエンス全史・上・P142)

武田:ハラリさんによれば、“平等”も虚構なのですね。万人は異なった形で進化している、というのは事実です。

柴田:平等は抽象的で観念的であるから、見て触れるものでもなければ、実際に測定できるものでもないわけです。
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文=武田 隆

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