──エコシステム創成や投資において重要だと考えるものは何ですか?
「教えない」ことだと思っています。フェニクシーでは、8〜10人の起業家が共に同じ場所に暮らしますが、それだけです。このような環境が、最も個人の才能を伸ばすとされています。
これからのリーダーは、ビジョンを持つこと、論理を超えた今までとは異なる考え方を打ち出すことがますます重要になってきます。日本に起業家が足りない理由ははっきりしていて、「勉強しすぎ」なのです。私は、なるべく勉強しないように気を付けています。なぜなら、すればするほど「過去」のことを勉強することになるからです。これからの時代は直観、本能、自分の脳を信じる力が求められます。
日本に戻ると、日本人はすごく勉強家だな、と感じます。「起業家学」というのができているのでは、と感じるほどです(笑)。しかし、それ故に足が一歩前に出ない。エクセレントなマネージャーは多く生まれるが、ビジョナリーのリーダーは生まれない。勇気を持って、結果を出していく方にマインドセットする必要があるのでは、と少し思います。
また、私にとってインキュベーターの経営や投資の上での哲学ははっきりしています。創業者と共に「リスクを取ること」です。ハルシオンもフェニクシーもスタートアップです。2~3人でお金を集めるところから始めています。リスクがない人が、もう片方に「リスクを取りに行け」というのは不公平です。創業者と同じ視点に立ったコミットメントが大事だと思います。
──最後に、自身の「わくわく」と、その原点を教えてください。
私の原点はサイエンスですが、新しい発見、発明に接することができるのは大きいと思います。今まで出会ったことのない美しいもの、好奇心が満たされる人や物、人間をインスパイアしてくれるものに出会えることはこの上ない喜びです。さらに、20代の頃にドイツの大学院に行き、自分で決めて、自分で考えて、自分で結果を出す、ということを若いうちに会得できたのは、その後の人生で大きな影響を与えました。
ずっと解決したいと考えてきた「ニーズ」から出発すること、また今まで考えたこともなかったけれど、新しく出会った人や物「シーズ」から出発することがありますが、1年考え抜いている間にそれがくっつく、という瞬間に最もわくわくします。そこから這うように証明するわけですが(笑)。そういった「ニーズ」と「シーズ」をつなぐようなことを、これからもやっていきたいと考えています。
今まで体験したことのない芸術や音楽などのアートやベーシック・サイエンスに出会うと人間はわくわくしますよね。「人間はなぜ進化の上でアートを捨てなかったのか」というのも私の興味の対象のひとつなのですが、若い時に聴いていた音楽や使っていた家具に囲まれると、脳の退化が遅くなる、という研究があります。
挑戦しはじめた中枢神経系の仕事でも、日本に行くとよく「創薬」をやられるのですかと聞かれることがあるのですが、「創薬」という分野は(AIなどの影響で)10年後にはないかもしれない。
「何が求められているのか」というニーズがある。一方「わくわくする出会い」といったシーズがある。一番上まで到達すると結果があって、利益があるわけですが、そこに至るまではどのような道を通っても良いのです。ビジネスモデルを固定化せず、自らの考えをもとに創造してくことが大切だと思っています。
(注)人新世(アントロポセン):2000年にドイツの大気化学者P=クルッツェンが地質時代の区分のひとつとして提唱した。完新世後の人類の大発展に伴い、人類が農業や産業革命を通じて地球規模の環境変化をもたらした時代と定義される。2000年にはまだデータが少なかったが、20年近くを経て、立証できるデータが蓄積されてきたという。久能氏おすすめの書籍は篠原雅武著『人新世の哲学:思弁的実在論以後の「人間の条件」』(2018年、人文書院)。
久能祐子(くのう・さちこ)◎京都大学大学院工学研究科で工学博士号を取得。ミュンヘン工科大学での研究員を経て、1989年にアールテック・ウエノを共同創業。1994年に緑内障治療薬「レスキュラ点眼液」の商品化に成功。その後は米国に拠点を移し、スキャンポ・ファーマシューティカルズ社を共同創業。2015年に米フォーブス誌の「最も成功したセルフメイドウーマン50」に日本人として初めて選出される。S&R財団理事長兼CEO、VLPセラピューティクス共同創業者、京都大学経営管理大学院特命教授。