大企業の優秀な人材が起業する時代になった
そうした歴史を踏まえて、人材がどのように変化してきたか。端的に言えば、大企業で働いていた人材が起業するようになったということです。1990年代、若手の優秀な人材の多くは大企業に就職していました。2000年代に入ると、コンサルティングファームや金融などの外資企業に目を向けるようになります。この頃の起業家は世間一般のレールから外れ、何か一発当ててやろうと血気盛んな人が多かった気がします。
ところが、2010年代になって変化が生じてきた。大企業で働いていた優秀な人材が、起業を志すようになってきたのです。例えば、毎週木曜日の朝7時から開催している、ベンチャー企業と大企業の事業提携を生み出すことを目的とした、ベンチャー企業によるプレゼンテーションイベント「Morning Pitch(モーニングピッチ)」の参加者の7割以上が大企業出身。大企業でビジネスのいろはを学んだ後に起業する人が増えてきている。
これが大企業とスタートアップのオープンイノベーションを円滑にしています。これまで、大企業におけるスタートアップのイメージは「なんだか怪しい」というものでしたが、大企業を経験した起業家が増えてきたことで、同じ目線で話ができるようになった。その結果、大企業はスタートアップと組みやすくなりました。
国を挙げてスタートアップを支援。投資環境は劇的に変化した
(Golden House Studio / Shutterstock.com)
スタートアップの投資環境もこの10年の間で劇的に変化しました。2006年頃、IPOをするスタートアップの数は200社弱ほどでしたが、2008年のリーマンショックで20社ほどにまで落ち込みました。この頃はほとんどのスタートアップが資金調達できず、苦難の時代に。また、VC業界で働いていた人も、ほとんどが業界からいなくなってしまいました。
数年は厳しい時代が続きましたが、大きな変化が起きたのは安倍政権が誕生してからです。政府が国を挙げてスタートアップの支援を行うようになり、官民が出資する産業革新機構が複数の独立系VC(ベンチャーキャピタル)に100億単位の資金を投入。それによって独立系VCが、一気に規模を拡大していきました。
また、最近は大企業もCVC(コーポレートベンチャーキャピタル)を立ち上げ、スタートアップへの投資に積極的です。例えば、三井不動産は総額300億円のCVCを運用していますし、ほかにも100億円規模のCVCが立ち上がっています。
少し前は10億円の資金調達で大きな話題になっていましたが、今は当たり前。多くのスタートアップが数十億円規模の調達を行うようになっています。
これだけの規模のお金を動かせる機会はそうそうないでしょう。大企業勤めでも数十億単位のお金を運用できるのは50歳近く。野心がある若者は大企業で出世を狙うよりも起業を選んだ方が効率的。大企業出身の起業家が増えている背景には、スタートアップ業界の投資環境が良くなってきたことが要因として挙げられるのです。
つまり、ベンチャー業界の資金が潤沢になり、それによって若い人の企業が増える。それによってさらに投資も増える。こうした正のサイクルがうまく回るようになってきたのが、大企業とスタートアップの関係性についての現状なんです。
R&Dに注力しがち。海外企業と比較した大企業の弱点
今度は大企業の視点から話しましょう。大企業が新規事業をつくるには、R&D(研究開発)、協業(CVCやジョイントベンチャー)、M&Aの3パターンがあります。これまで、日本の大企業はR&Dに偏りがちでしたが、ここ数年で少しずつ考え方が変化。先ほども話したように、近年はCVCによる投資も増えてきました。
それはなぜか。理由はシンプルで、時代の変化が激しく、自社でR&Dを行い商品を開発しているのでは時代の流れに取り残されてしまうからです。大企業は向かう先が明確なときは大量のリソースを投下し、突進する力はあります。しかし、2〜3年おきに時代の流れが変わる現代においては小回りが効かない。柔軟性に関しては、リスク覚悟でダイナミックにスピード感を持って動いていくスタートアップの方が得意です。
こうした背景から、最近ではベンチャーとの提携こそが大企業の活路だといわれるようになってきた。これが大企業から見たCVC投資が増えてきた要因です。とはいえ、海外ではM&Aが当たり前のように行われていますが、日本はまだまだ少ない。スタートアップのM&Aを積極的に行っているのは大企業ではKDDIなど数社でまだそこまで多くはなっていません。
なぜ、日本でスタートアップのM&Aが活発に行われないのか。海外企業との違いで説明しましょう。一般的に日本企業は技術力を伸ばすのは得意ですが、それをビジネス化するのが遅い傾向にあります。この原因は、一言でいえば自社内のR&Dに偏りすぎているからです。