オートメーション化や工場の海外移転などによる雇用の消失、そして、わずか6.4%にまで低下した労働組合への加入率──米国労働者の“力”はいま、ここ数十年で最も弱まっているといわれる。その証拠に、深刻な金融危機から脱したあと、企業が過去最高益を叩きだす一方で、賃金の中央値は昨年まで停滞したままだった。
その懸念は、米フォーブス誌が昨年初めて試みたランキング「米“良きコーポレートシチズン”TOP100」(通称「ジャスト100」)にも表れている。
この3年間に非営利団体ジャスト・キャピタルが調査対象とした7万2000人の米国人の約80%が、「企業は、その成功の果実を従業員に十分に分け与えていない」と答えた。企業が最優先にすべきは何かと尋ねると、33%が「労働者または雇用」だと回答した。「株主または経営者」だと答えたのはわずか6%だった。
ただ、自由な労働市場は両刃の剣だ。失業率が4%まで低下し、長期勤続に対する従来型の報奨(雇用保障や年金)が失われた米国において、従業員が会社に忠誠心をもつ理由はないに等しい。労働者の26%が自ら会社を辞めており、2017年の離職率は過去10年間で最も高くなると予想されている。
さらば労組。高待遇をもたらすのは企業間の“人材獲得競争”だ
そんな状況のなか、「米“良きコーポレートシチズン”TOP100」に選出された各企業は、21世紀的な手法で優秀な人材確保に乗り出している。彼らが労働者に保障するのは「レイオフされないこと」ではない。
正当な賃金やボーナス、ストックオプション、新手の福利厚生(有給の介護休暇や長期休暇、学生ローンの返済補助など)、ミレニアル世代の要求(ワーク・ライフ・バランス、差別のない職場環境、専門性の高いビジネスパーソンとしての成長など)を満たすための制度の導入だ。
かつて福利厚生は労組が勝ち取るものだった。いま、企業間の人材獲得競争が、“新たな労組”としてふるまいはじめている。
労働者に投資すれば投資家が儲かる?
とはいえもちろん、そうした福利厚生の恩恵は、引く手あまたのハイスキルな労働者に偏りがちであり、米国には依然“ブラック”な職場や雇用主も多い。
ただし、ここに保守的な経営者や投資家らも刮目するだろうデータがある。
12年、ペンシルベニア大学ウォートン校の財政学教授だったアレックス・エドマンズ(現在はロンドン・ビジネス・スクールに所属)は、“待遇のよい職場”と目された米国企業の27年間にわたる株価リターンを分析した。するとマクロな経済情勢の如何にかかわらず、それらの企業は市場平均を年率2.3〜3.8%上回っていた。
さらにエドマンズ教授は最近、14の国における従業員の満足度とリターンとの関係を調査した。すると、硬直的な労働市場を持つ国々、たとえば規制と労働協約によって最低限の福利厚生が確保され、雇用の流動性が制限されるドイツでは、労働者への支出を増やしても、リターンはそれほど向上しなかった。
一方、米国や英国のような柔軟な労働市場をもつ国々では、労働者の待遇を改善すれば安定的にリターンが高まったのだ。
実際、「米“良きコーポレートシチズン”TOP100」に選出された企業のリターンは、過去5年間においてS&P500種指数を年率3%上回っている。好業績の会社だから社員を厚遇できるのか、それとも社員への待遇がいいから業績が上がるのか──どちらも一理あるだろうが、エドマンズ教授のリサーチは、後者の影響の大きさを示唆するものだ。
同ランキングに選出された企業は、そのことをよく理解している。「ウォール街の株式アナリストはレイオフやコストには注目するが、従業員の長期的なモチベーションについては二の次のようだ」と、インテルCEOのブライアン・クルザニッチは言う。彼の率いるインテルは、同ランキング総合1位だ。