ジロウCEO スペンサー・ラスコフ
ウォール街の「野蛮な来訪者」たるプライベート・エクイティ投資のKKRも、いまでは労働者に対する“飴玉”を企業買収の定式に加えている。11年以来、KKRは4件のディールを通じ、2億ドル以上の株式を1万人のブルーカラー労働者に付与してきた。
「すべての従業員が自社のオーナーとして考え、行動し、参画する機会を与えられたとき、企業は素晴らしい業績を挙げる」と、KKRの幹部、ピート・スタブロスは言う。
17年5月に産業機器メーカーのガードナー・デンバーを再上場させた際にも、KKRは6000人の従業員に1億ドルの株式を付与した。これは、各人の年俸の40%相当額だ。株価は再上場以来50%上昇し、従業員たちは年収の60%相当額の株を保有していることになる。
良き企業市民であることが、企業の未来を規定する
企業間の人材獲得競争は、労組のみならず、政府の政策をも肩代わりする。
米国の最低賃金は09年から増額されておらず、現行の時給7.25ドルの先には貧困が待つのみだ。そこから脱する手段もほとんどない。同ランキングに選出された小売業の多くが業績の低迷にあえいでいるのも当然だろう。
だからこそ、17年9月にターゲットが行った発表は興味深い。同社は季節雇用を含む全従業員の初任給を時給11ドルに即日値上げし、20年までに15ドル(生活賃金運動の活動家も推奨する金額だ)を目指すと宣言したのだ。表向きは「労働者に公正な賃金を」云々という発表内容だったが、本当の理由は別にある。
いまや誰も実店舗で買い物をする必要がなくなったことがそれだ。どん底への転落レースを回避するため、ターゲットは、コストコが先鞭を付けた賭けに出た。会社の長期的な命運を、単なる低価格や高配当に託すのではなく、来店者に素晴らしい体験をさせることや、人々が心地よさを感じるブランドになることに託したのだ。
高景気において労働者への厚遇を謳うのは簡単だ。問題は次の景気後退期に何が起こるか、である。多くの企業は間違いなく元のやり方に戻るだろう。そして、目先のコストをケチった代償をその将来、支払うことになるはずだ。
「人々は、それらの企業の“従業員への姿勢”が本物ではなかったことを見破るでしょう」と、エドマンズ教授は指摘する。
「重要なのは、労働者に金を投じる“理由”です。『市況にかかわらず、労働者が正当に扱われるべきだ』という信念が、その会社にあるかどうかなのです」
同ランキングを眺めると、米国民は“よい行い”をする企業に報いる準備ができているように思える。であれば、市場もそれに追随するだろう。
イーストマン・ケミカルは先の金融危機に臨んで、ひとつのケーススタディを示した。同社の経営陣は大規模なレイオフを実施する代わりに、労働側からの提案を受けて、全員の給与を一律5%カットしたのである。
「景気後退期の困難な状況下で、どこの企業もコストカットの大なたを振るっていた。しかし我々は、役員をはじめすべての従業員が賃金カットを受け入れ、イノベーションへの投資を続けたのです」と、CEOのマーク・コスタは言う。ほどなく同社の給与は満額支給に復した。株価も復調し、09年に市況が底を打ってからの上昇率は、S&P500種指数の3倍となっている。
ジロウCEO、スペンサー・ラスコフは予言する。
「人材に投資しない企業は取り残される。これは人事の“お題目”ではない。絶対的に必要不可欠な仕事(mission-critical work)なんです」