「誰もバーンレート(資金燃焼率)やキャッシュバランス(現金残高)を見ていなかった」と彼は振り返る。
「この経験はすごくいい勉強になって、賢く金を使うことを強く意識するようになりました」
それでも起業熱はおさまらず、ローソンは友人が起業した「スタッブハブ」で、チケットを転売するサイトの原型を開発した。やがて小売り系のベンチャーに少し手を出したのち、大学の課程を修了した。
その後、大企業でスキルアップしたいと考えたローソンは、04年にアマゾンの面接を受ける。彼を採用したいと申し出たのは、「入社を承諾するまで教えられない内容」の仕事を手がける小さなチームだった。その仕事とは、06年に公開されることになる同社のクラウド事業「アマゾン ウェブ サービス(AWS)」だった。
ローソンは、「インフラをサービスとして提供できる、という発想そのものに衝撃を受けた」と語る。
アマゾンで働いた15カ月間は非常に有意義といえた。そこはまさに、コンピューティングの「部品」をサービスとして売るという新しい発想の震源地だったからだ。このビジネスモデルに弾みがついたきっかけは携帯アプリの普及であり、それによって多くの企業がソフトウェアを通じて顧客と交流しようと考えるようになった。
AWSのモデルをどこに応用できるかと考えた時、ローソンは通信に的を絞った。それまでに始めたどのビジネスにおいても、通信は不可欠だったからだ。彼は試作版を作り、当然ながらAWS上で公開した。
プログラマーたちからの反応は、最初から熱狂的なものだった。ツイリオの顧客第1号となったのは、サイト上に電話番号を打ち込むと自分の携帯電話を鳴らせるサービスの「フォンマイフォン・ドットコム」だった(携帯の置き場所を忘れたときに便利だ)。
まずツイリオは、基本的な通信機能(「ダイヤル」「録音」「再生」など)を提供することから始め、プログラマーが自分のアプリに組み込めるようにした。その一方で、ツイリオは各国の通信キャリアのインフラに接続するという面倒な作業を処理していった。
いまやツイリオが提供する「部品」、すなわちAPI(プログラミングをする際に利用できる手順やデータ形式のこと)は、当初の5種類から50種類以上に増えた。ユーザーは次第に、アナリティクスやデータのルーティング、プライシング(価格付け)など、複雑な機能をプログラミングするようになっていった。文字と音声だけではなく、動画通信も可能になった。
ツイリオを使えば、コールセンターもプログラマー数人で簡単に立ち上げられてしまう。データセンターにケーブルを引いたり、通信キャリアと契約したり機材に多額の投資をしたりする必要はない。それに、ツイリオは使用料しか請求しない。
ツイリオの新入社員はすべて、アプリを1つ創作して全社に披露することになっている。アシスタントや営業職、顧問弁護士も例外ではない。エンジニアでなくても、新人研修の一環としてツイリオアプリのコーディングの基礎を学ぶことになっているのである。
新人たちはたいていふざけたアプリを作るのだが、そこから大切なことを学ぶ。それは、「誰でもツイリオのアプリを作れる」ということだ。