直径112メートルにおよぶその構造体は、目的地に到着する前、飛行機の窓からでも強烈な存在感を放ち、乗客の視線を奪う。あるときは巨大な目玉、あるときは巨大なスマイルマーク。一刻一刻と表情を変えながら、都市そのものの風景を書き換えていく。私が見たときは、青い地球。その圧倒的な存在に、思わず息を呑んだのを今でも覚えている。
ラスベガス Sphere。もはや、従来の「ディスプレイ」という概念では捉えきれない、人とメディアの関係を再定義する生きた構造体と言っていいだろう。ラスベガスのUber運転手も、「あいつはいつ見ても違う表情を見せてくれるんだ」と、恋人を紹介するように興奮気味にSphereについて語る。その熱量を、私は今でも鮮明に思い出す。
この巨大球体「Sphere」に、公式に映像作品を提供した日本発のクリエイティブチームがいる。それがCEKAIだ。2025年3月、Adobe Summitの開催に合わせて、クリエイティブディレクター/映像デザイナーの井口皓太(CEKAI共同代表)と、プロデューサーの三上太朗(CEKAIプロダクションオフィサー)を中心とするチームによる作品が、ついに公開された。世界最高峰の映像技術と演出が集まるSphereという舞台で、日本人チームが公式に作品を制作し、納品まで完了させた──そのニュースを耳にしたとき、私は驚きとともに、喜びを感じた。
そして、話を聞くにつれ、その挑戦のスケールに圧倒されていく。
球体構造であるSphereでは、360度あらゆる視点から破綻なく成立する映像設計が求められる。たとえロゴひとつ表示するにも、従来のスクリーンとはまったく異なる視覚補正と構造計算が必要になる。加えて、LEDの粒子レベルにまで及ぶ精密なクオリティチェック。そして何より、「どこが正面か」という概念自体が存在しない。これまでの映像制作の“常識”が、一切通用しない世界。
「Sphereで映像をつくるというのは、単なる視覚表現の範疇を超えます。球体である以上、“奥行き”という概念が存在しない。これまでの3D映像とは違い、4D的な感覚で制作しなければならないのです。物理的構造、光の反射、視点の複数性……全方向から立体的に絡み合ってくる要素に対応する必要がありました。未知の連続でした」と井口は振り返る。
だが、この未知の連続こそが、彼らを突き動かしたのだろう。制作スケジュールに余裕があるとは言えない中、通常1本制作のところ3本の納品物を同時に仕上げるという、Sphereとしてもはじめての挑戦であることから、新しいクリエイティブチームと制作を進めることにSphereから一部懸念の声も上がるなかで、CEKAIは挑み続けた。未踏の領域だからこそ、挑戦する価値がある──その信念を貫いた先に、彼らは未来の映像設計に新たな指標を打ち出すような挑戦を成し遂げた。世界が欲する日本のクリエイティブの中心にいるCEKAIのSphere映像制作ストーリー、そして、この挑戦が日本の企業にもどのような示唆をもたらすのか? 偉業を成し遂げた直後の彼らに取材した。
