2012年、アルプス退職・ベンチャー起業組は医療機器産業に大きく舵を切りはじめていた。この年はTOLIC結成前夜ともいうべき年である。主力企業である「アイカムス・ラボ」は歯科麻酔用注入器の量産化をはじめ、その後同社の主力商品となる電動ピペットpipettyもほぼ完成していた。
一方、「アルプス電気」も盛岡工場閉鎖から10年目に当たるこの年、今後開拓するべき新規事業を発表する。エネルギー、ヘルスケア、インダストリアル(EHI)であった。ヘルスケアが入っていることに注目したい。ここで退職・ベンチャー起業組と残った組との目標が一致したわけである。
もちろんこの頃、ヘルスケア産業へ新規参入を試みる企業はアルプス電気だけではなかった。社会の高齢化が進み、と同時にIT技術やセンサー技術が進化し、政府も、医療・介護の革新や、予防医療の政策を進めていた。
特に、健康寿命を延ばすための取り組みや、情報通信技術を活用しての健康管理の推進などが求められていた。センサー技術を得意とするアルプス電気がこの市場への参入を目論むのは当然だったろう。
遺伝子の呪縛により苦戦する
田口好弘は、東北大学工学部で材料の研究をしたのち、コンデンサー製造会社に就職し、その後転職して、1987年にアルプス電気に中途入社した。担当は、セラミックコンデンサーの開発であった。
その後は、東北大学の博士課程に国内留学させてもらい、3年間学んだのちにアルプス電気に復帰する。そして、2012年のヘルスケア市場への参入の号令がかかったのをきっかけに、マイクロ流路プレートの開発に取り組みはじめた。
マイクロ流路プレートは、微量の液体を精密に制御するための細い細い溝を掘った板だとイメージしてもらえばよい。医療では、これをPCR検査や遺伝子解析、細胞分析などに利用し、迅速かつ高精度な診断に役立てている。
田口はこれをセラミックでつくることにした。田口が慣れ親しんできた材料である。部品メーカーとして一流の技術を有するアルプス電気にはうってつけの商品のような気がするが、田口が約2年かかっても試作品は製品化に至らなかった。
同じ頃、退職・ベンチャー起業組は、非アルプス出身ベンチャー企業も取り込みながら、2014年 「東北ライフサイエンス機器クラスター」、通称「TOLIC」を結成した。