次に、田口は広島大学の堀貫治の論文に注目し、血液検査でがん検査ができるというシード技術をなんとか事業化できないかと模索しはじめた。しかし、血液検査は医療行為だ。それゆえに参入障壁は高い。
この壁の前で足踏みしているうちに、2019年、アルプス電気は、新規開発事業のエネルギー、ヘルスケア、インダストリアルからヘスルケアを外す決断をした。そして2021年、田口の研究開発にもストップがかかる。
つまり、田口のヘルスケアビジネスへの挑戦は、マイクロ流路プレート、がん検査の商品化と、ともに事業化には至らなかったのである。
ここで、この頓挫がなにに由来するのかを考えてみたい。アルプス電気の遺伝子によるもの。これが僕の答えである。この物言いがあまりにも文学的な表現にすぎるという批判があることはわかっている。しかし、ひとまずそう言って考えたいのである。
アルプスは技術の会社だ。そして、第1回で紹介した「会社が潰れても個人が潰れてしまってはいけない」という創業者の言葉からも窺えるように、社員が技術を学ぶことを奨励する風土がある。さらに、先進的な技術を最初に手がけることにも野心的だ。
世界初のカーナビゲーションはアルプス電気が開発したものだ、そう相原正巳CTOから聞かされて僕も驚いた。「では、それは事業として発展したのですか」と尋ねると「いや、ぜんぜん駄目でした」と笑っていた。
タッチパネル形式のポータブルパソコン(OSがWindows3.1の時代)も一番最初に手がけたのもアルプス電気である(これも事業化には至らず)。先陣を切って開発し、事業化に成功した例も挙げておこう。日本でMicrosoft向けに開発したマウスはアルプス電気がつくったものである。
相原正巳CTOは、自社の技術力の強みとして、量産力をまず挙げ、次に「感性」をつけ加えた。これは僕の言葉に直せば「嗅覚」である。嗅覚に優れ、それを実現する技術力に長け、大量生産も得意な企業が、それを市場に出すときに苦戦するのはなぜか? 遺伝子の呪縛によるものだ。━━これが僕の答えである。


