好評を得ている小説「巡査長 真行寺広道」の著者である榎本憲男は、かねてから、そんな企業を経営する「小さな巨人たち」に興味を持っていた。前作「エアー2.0」でも、時代を予見する最先端の経済システムを描いた榎本の、地を這う「捜査」が会場で始まった。
Forbes JAPANが主宰するスモール・ジャイアンツの受賞パーティに出かけた。もともと僕は、企業人や官僚に興味があり、作品の中でも重要な役割を演じさせている。企業人では中小企業の社長に惹かれるので、スモール・ジャイアンツというのは僕には魅力的な名称だ。
本業として書くのは小説だが、この日に受賞した「アイカムス・ラボ」と「ビー・アンド・プラス」の記事の執筆を引き受けた理由もここにある。だからこの日も、ひさしぶりにアイカムス・ラボの片野社長やビー・アンド・プラスの亀田社長に挨拶できればという思いと、なにか面白い話を聞きたいなという期待を胸に出かけて行った。
片野、亀田両社長とは控え室で挨拶できた。そして、面白い話のほうは、式が始まってすぐ、壇上の女性から発せられた。すかさず僕は、前に座っていた編集部員の肩を叩いて、「あの人の話を聞きたいので、紹介してもらえないかな」と言った。
〈山野千枝 株式会社千年治商店 代表取締役〉頂いた名刺にはそうあった。
「『跡取りを大事にしましょう。家業が危機に陥ったときに、通常なら心が折れる場面でも、なにくそと思って踏ん張るのは血のつながりのある二代目、三代目なんです』とおっしゃっていましたよね」と僕はまず興味を持ったそのひと言を自分なりに再現した。
そして、山野さんが事業継承を積極的に推進し、コンサルタントもやっていると教えられ、「実はこの言葉は僕にとっては非常に悩ましいものなんです」と言って興味をもった理由を足した。
跡取りというのは、自分のルーツ(故郷や家)にある程度のリソースをもった人間である。故郷には土地があり、継ぐべき家業があるという恵まれた人間なのだと、地方出身者でありながら実家にさしたるリソースを持たない僕などは、このようにやっかみがちだ。
跡取りと呼ばれるような連中は大抵、幼少期は良好な経済状態の家に育ち、玩具やゲームをたんまり買ってもらって近所の子供たちを羨ましがらせ、大学の4年間は都会生活を満喫し、同級生が就活でヒーヒー言っているときにも涼しい顔で卒業旅行の計画など練り、卒業後は親の会社にいきなり取締役として就任、そして先代が退いた後は代表の座について悠々自適の人生を送る(時には放漫経営で会社をつぶす)。
僕の世代からすると、そんな馬鹿息子(娘)像が一般的で、格差がとかく問題視される現代においてはアタックのターゲットに据えてしかるべき存在であり、その最たる例が、ナッツの出し方が悪いと言って旅客機を引き返させたり、会議中に部下に激高して水をぶっかけたりした韓国財閥の「お姫様」である。これなどまさに同族経営の病理の典型である。
千年治商店 代表取締役の山野千枝
では、ファミリービジネス超オーケー、同族経営が疲弊した日本の地方を救済する、という山野理論の論拠はどこにあるのだろうか。
「けれど、同族継承と非同族継承を比較した場合、どの国においても、上場でも非上場でも、同族継承のほうが圧倒的に成績がいいというデータがたくさんあります」と山野さんはまずデータで攻めてきた。となると、その理由を訊きたくなる。
「主たるの理由のひとつは、同族のほうが、短気な株主の意向に振り回されず、より長い目で経営を考えるから」だと教えてくれた。そして「血というのは時として合理性をも超えるんです」ともつけ加えた。