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ビー・アンド・プラス3代目社長 亀田篤志

大手企業の参入も相次ぐ「ワイヤレス給電」で、圧倒的な製品数を誇る企業が、埼玉にある。誰も見たことのない製品を世界へ。快進撃は、3代目社長の「360度戦略」から始まった。


36歳で社長に就任した亀田篤志は、全従業員を食堂に集め、彼らの前に立ち、口を開いた。

「これからビー・アンド・プラスはワイヤレス給電で世界一になります。どの分野で世界一なのかは決めません。ワイヤレス給電なら360度オープンでビジネスにしていきます。技術も営業もこの方針に従って、新規の顧客をどんどん開拓してください」

亀田はそう宣言したあと、目の前の社員たちを見つめた。しかし、彼らの顔からは生き生きとした反応は読み取れない。拍手も起こらなかった。

ビー・アンド・プラスは亀田の父が創業した電気機器の開発および生産の会社だ。高いセンサー技術を活かし、海外売り上げも全体の2割を占め、安定した経営を維持する中小企業だった。ところが、父が引退し、片腕となっていた2代目を経て、息子の亀田篤志に経営のバトンが渡されたとき、この若い新社長は就任演説で「ワイヤレス給電世界一路線」を突如ぶち上げたのである。

食堂に漂うシラーッとした空気に、亀田は若干の焦りを感じた。

やがて彼の耳に、「何を根拠に世界一とアピールすればよいのか」「360度オープンなんて言うけれど、採算が取れなかったらどうする」、さらに「ワイヤレス給電の業界でNo.1などとデカデカと書かれたリーフレットを渡すのは恥ずかしい」などという声まで聞こえてきた。

新方針は会社を揺るがした。他にもさまざまな要因が絡まり合った結果、営業担当者がごっそり辞めた。それでも亀田はこの路線を曲げなかった。いや、それどころか「2番目の目標達成にはよいチャンスになるかも」とさえ思っていたのである。父が創業した会社を息子である自分が飛躍させること、実はこれは亀田が胸に抱いていた3つの目標のうちの2番目であった。

亀田は北海道大学工学部を卒業後、トヨタ自動車のメガサプライヤーとして名高いデンソーに就職した。トヨタではなくデンソーを選んだのにはわけがあった。当時の亀田の目にトヨタは、さまざまなパーツを組み立てる巨大な工場のように映っていた。

3つの目標の1番目を達成するには、むしろティアワンに就職するほうがよいだろうと判断した亀田は、デンソーを選択する。第1の目標とは、「父の会社を発展させるための高度な技術とマネジメントを学ぶ」だったのだ。

亀田は2年をデンソー、そしてあと2年を出向先のトヨタで働いたあと、ビー・アンド・プラスに就職する。このときすでに社長は2代目になっており、経営状態も堅調に推移していた。

しかし、働きだした亀田の胸には日に日に不満が募っていった。もっと攻めたい。営業方法をテコ入れすればもっとデカくなれるはずだ。

そう信じて、社長就任直後に経営刷新の切り札として出したのが、「ワイヤレス給電世界一」だったのである。

「当時は結構な言われ方もして、営業もごっそり辞めちゃったんですけど、正直言うとあまりヘコんだりはしませんでした。技術の人間に逃げられたら、僕もこたえたでしょうけど、これはいいチャンスをもらったな、くらいに考えることにしたんです。なぜなら、“ワイヤレス給電世界一路線”ってのはある種の営業戦略だったので。で、すぐに新しい部署を立ち上げたんですよ」

亀田は、いったん引退していた古参の営業マン林健一を訪ねて頭を下げ、復帰してもらった。さらに同社でワイヤレス給電事業をスタートさせた技術部門のベテラン寶田光雄にも新規営業部で手腕を振るってほしいと打ち明けた。

このふたりをツートップに新規営業部をスタートさせ、そして、サラリーマン時代の先輩から教わったスタートアップの理論を披露し、新しい営業戦略を推し進め始めたのである。

リーン・スタートアップという考え方を亀田が知ったのは、ビー・アンド・プラスの海外営業担当として、アメリカで新規の顧客を開発していたときだった。たまたま、かつて仕事をした先輩の村田賢一がやはりシリコンバレーにいることを知ると、亀田はフェイスブックを通じて連絡を取り、ふたりでサンノゼの韓国料理店に座った。

「亀ちゃん、リーン・スタートアップって知ってる?」と肉を網に載せながら村田が訊いた。初耳だった。

「とにかく時代は変わった。どんどんスピードアップしなきゃ時代に対応できないとしみじみ思うよ」。そして、その理論を聞き終えた亀田は、「これは使える」と思った。

リーン・スタートアップとは事業を軌道にのせるための無駄のない(lean)アクション・プログラムである。その骨子は、構築、計測、学習のサイクルをなるべく短期にし、これをくりかえして前進させるというものだ。

そして、この理論のキーワードのひとつがMVP(Minimum Viable Product)で、これは「実用最小限の製品」と訳されることが多いのだが、「もっともお手軽な試作品」と言い直すとよりわかりやすいだろう。

この記事は「Forbes JAPAN 2018年04月号」に掲載されています。定期購読はこちら >>

文=榎本憲男 写真=佐々木 康

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