仲間に対する「がんばれよ」という感情
2022年に事態は動く。アルプスを退職した田口好弘が「The IT Lab」というベンチャーを起業してTOLICに参加したのである。この際、アルプス側は取得した特許を非常な好条件でThe IT Labに譲渡している、言ってみれば「お土産を持たせる」ような態度で自社の研究と人材をTOLICに送り出しているのである。
アルプスで開発された技術はThe IT Labという新しい場において、TOLICの新たなネットワークと技術のなかで、再開発され、血液検査ではなく唾液検査でも可能という画期的な改良を加えられ、キット化された。利用者は唾液を採取してキットに入れて送付すれば、1週間から10日でがんリスクの判定結果を受け取れるのだそうだ。
2025年2月28日にこれが発表されると、注目を集め、日本経済新聞ほかで大きく取り上げられた。注目すべきなのは、パートナーに健康食品販売などを手がける「ネオサイエンス」がいることだ。アルプスが不得意な部門を補うネットワークがTOLICにはあった。
つまり、アルプス社内ではなかなか事業化できなかった技術は、外(TOLIC)に出たことで、変異した遺伝子を得て、ビジネスとして結実したのである。販売を担うネオサイエンスの久米龍一会長は「発売後3年目で年10万個の売り上げをめざす」と語っている。
もうひとつ大きな動きがあった。2024年5月15日に、第1回でも述べた、「Tohokuライフサイエンス・インパクトファンド」が組成された。このファンドは、東北地域のライフサイエンス企業への投資を通じて、研究開発やものづくり産業の集積を目指すと謳われており、言ってみればTOLICのためのファンドである。

このファンドの組成からすこし遅れて、2025年2月28日、アルプスはこのファンドに出資を決めた。つまり、アルプスとTOLICはマネーでの結びつきをはじめたのである。
この投資を企業の合理性で理解するのは難しい。リターンを期待してアルプスが投資したとは思えず、企業の論理としてはあまり合理的ではない。ではどう理解すればいいのか? 僕はどうしても、仲間に対する「がんばれよ。がんばろうぜ」という感情をここに汲み取ってしまう。
もちろん、このような感情的な理由でマネーを拠出するのは、企業としては難しい。この点について投資を決済した相原正巳CTOに尋ねてみた。「20年後を見据えての投資です」というのがその答えだった。


