「翔ちゃん」の知られざる本格四川料理のうち、筆者のお気に入りの一部を紹介しよう。

まず白身魚の花椒衣揚げ「椒塩魚柳(ジャオイエンユィリウ)」。ぶつ切りした白身魚に衣をつけて油で揚げて取り出し、花椒や刻みトウガラシ、ニンニクなどと一緒に炒めたものだ。サクッとした食感が特徴で、衣の中の魚がとろけるような絶妙な味わいだ。ナスを同様に調理した「椒塩茄子(ジャオイエンジチエズ)」もおいしく、日本人の口にも合う。
いま日本の若い女性に人気のマーラータン(麻辣燙)もある。もともと四川料理の定番メニューなのだが、この店ではチェーン店のように自分で具材を選ぶのではなく、最初から店で用意した肉や海鮮、野菜などが入っている。四川の食堂ではこれが普通なのだ。

最近のガチ中華でよくあるザリガニ料理「麻辣小龍蝦(マーラーシャオロンシア)」も食べられる。注文のとき、杜さんから「辛い、大丈夫?」と聞かれるので、辛さに自信がある人は「大辣(ダーラー)」や「中辣(チョンラー)」と答えてほしい。そうでない人は「微辣(ウェイラー=ちょい辛)」と頼むのが無難だ。
この店では、杜さんにお願いすれば、すでに日本化した四川料理を本場風に、すなわち麻辣風味で出してくれる。たとえば、エビチリ。これは、もとは四川料理の「乾焼蝦仁(ガンシャオシアレン)」で、日本で一般化したのはケチャップ風味の甘辛味なのだが、杜さんの調理で口内がビリビリしびれる四川風にしてくれる。
酸っぱ辛くて、甘い「魚香肉絲(ユーシャンロースー)」も本場風だ。これらの料理を頼むときは、杜さんに「四川風の味にしてください」と伝えるといい。
この店に来ていつも思うのは、中国の調理人たちにとって、日本人に本当に食べてもらいたいのは、和風中華ではなく、「ガチ中華」であり、それを提供できるのはとても嬉しいことだということだ。
こうした私鉄沿線系の店の独特の風情は、都心の繁華街に見られる21世紀の現代中華料理を体現しているガチ中華の店に比べ、ひと昔前の1990年代に都内に現れた新華僑による中華料理店によく似ている。
だが、先日「翔ちゃん」を訪ねて、客層が少し変わったことを感じた。これまで少なかった中国の若い世代が増えていたのである。
どうしたことかと思ったら、奥さんが最近、中国のSNSウィチャット(微信)の一機能で登録した不特定多数の人たちと情報を共有できる「モーメンツ(朋友圏)」を使って、日々のメニューを動画で拡散し始めていたからだった。SNSを通じた中国人コミュニティを対象にした宣伝手法をこの店でも採り入れていたのだった。


実を言えば、こうしたSNSによる集客は、いまや中国の辺鄙な農村部の食堂を訪ねても見られる日常的な光景だ。日本の町中華ではまず見られないように思う。