一般に東京都内のガチ中華の店は、池袋や上野のようなターミナル駅周辺や、中国人留学生の多い高田馬場、中国籍住民が多く住む埼京線沿線や江東区、江戸川区、足立区などの東部に集中している。だが、都心から郊外に円心状に延びるJRや私鉄の沿線駅前にも見つかることが多い。
筆者は、これらの店を「私鉄沿線系ガチ中華」と呼んでいる。
これらの店の特徴は、来店する日本人客が多いことだ。ターミナル駅周辺とは違い、地元住民が客層の大半なので、日本人の口に合わせた和風中華を定食スタイルなどで提供している店がほとんどである。
つまり昨今、減少の一途をたどっている町中華の代替を果たしている地元の中華屋さんと言えるのだ。
興味深いのは、そういう表向きの姿とは違う、実力を備えた調理人がいる店もあることだ。それを知らない大半の客は町中華の定番である酢豚や青椒肉絲、麻婆豆腐などの定食を選んでしまいがちだが、実に惜しい話と言える。
そこで今回は、筆者がたまたま知ることになった東京郊外の知られざる私鉄沿線系ガチ中華の店をいくつか紹介しよう。
ガチ中華店は町中華の代替役
最初の一軒は、西武鉄道国分寺線の鷹の台駅前にある「北京家常菜 龍」という店だ。

店構えはよくある中国人経営の中華料理店で、メニューを見ると、地元住民向けの町中華定食メニューが主となっている。だが、面白いことに、店内の壁には「拌干絲(干し豆腐和え)」や「麻辣牛肚(ホルモンの麻辣和え)」などの北京の下町食堂風の料理写真が貼ってあるのだ。


そのとき、筆者は友人と2人で店に入ったので、いくつかの小菜と最近牛丼チェーンの「松屋」で提供したことが話題となっている四川料理の「水煮牛肉(シュイジゥニゥロウ)」を壁の写真から頼んでみた。本格四川というより中国の家庭料理という味わいだったが、町中華にはない新鮮な味を楽しめたのだった。

同店は北京出身の夫婦が営んでいる。調理人の主人はニラ饅頭で有名な中華飲食チェーン「紅虎餃子房」の際コーポレーションで長く働いたのち、独立したそうだ。
実は、このような料理人が営む私鉄沿線系ガチ中華の店は多い。1990年代後半から2000年代初め、日本の飲食チェーンが中国各地から調理人を正式に招聘したからだ。
彼は来日後、日本の中華チェーンや居酒屋などで働いた後、定年の年代を迎えると、帰国することなく、奥さんと一緒に自分の店を出した。腕利きの料理人なのだが、一般の地元客はそんな彼の素性を知らず、彼も町中華風のメニューを提供しているわけだ。
東武鉄道東上本線沿線にある埼玉県志木の「栄華飯店」というガチ中華店を教えてくれたのは、東京ディープチャイナでライターをやっている立教大学の学生や留学生たちだった。

昼前に行くと、客はまだ誰もいなかったので、店を営む重慶出身の夫婦に話を聞いた。店をオープンしたのは2022年で、以前は同じ埼玉県の蕨で営業していたそうだ。
店の看板や料理写真をこれでもかと並べた外観デザインは、在日中国人の施工業者によるもので、この店は「私鉄沿線系」である以上、それでもかなり日本化している。しかし、最近の池袋や高田馬場、上野あたりでは、中国からテンプレした現地風デザインがそのまま持ち込まれているので、よく言えば斬新だ。一般的な日本人の感覚では奇妙というか目に慣れていないため、不思議な印象を与えることも多い。