モダンフレンチ「アポテオーズ」の店名は、フランス語で“最高の賞賛”、バレエ用語で“フィナーレ”という意味を持つ。それは、15年の心地よいフランス生活に終止符を打ち、日本を背負って立つ店を作るために凱旋帰国したシェフ、北村啓太氏を表すような言葉だ。
“賞賛”には、ミシュランの星を獲得するという意味が込められている。評判のレストランになり、星を獲得するには、実力だけでは足りない。人生の大事な岐路で、運をつかみとっていくこが必要だ。じっくりと話を聞くなかで、北村氏はその力がとても強いように思えた。
今の新卒ではできない経験
辻エコールキュリネール大阪あべの出身。進路を選ぶ際、「クイーンアリス」の石鍋裕シェフに憧れつつも、競争倍率の高さに加え、多店舗展開されるなかで直接石鍋氏の指導は受けられないかもしれない、と方向転換。小田原の漁港のそばに立ち上がったばかりの「ラ・ナ・プール」(NARISAWAの前身、現在はない)の成澤由浩氏を目指すことにした。ヨーロッパの数々の三つ星レストランでの経験をもち、次の時代を担うであろうと言われた成澤氏の横で自分も成長の機会を得られるのではないか、と考えた。これが、北村氏が運をつかんだ大きな一歩に違いない。場所の不便さもあってか、応募数も少なく、面接一回で合格。それから8年、成澤氏に師事していくこととなった。
「入った当時、成澤さんは、“現代のクラシック”をテーマに調理していました。そんなこともあり、古典を習うと同時に、ベキャス、コルベール、ピジョン、リエーヴルなど、当時の日本では見ることも珍しかったジビエに直に触れることもできました。現在のNARISAWAに新卒で入っては決して経験することのできないこと。本当に勉強になりました。
その後、スペインの流れを汲む分子料理(エスプーマ、アルギン酸や液体窒素などを使った科学的な料理)を取り入れていくなど、その転換を目の当たりにするのは非常に刺激的で、常に進化を遂げていくそのスタンスに深く共鳴し、修業時代には自分もそうあろうと心に誓ったものです」
しかし8年目を迎え、スーシェフでありながら、自分にはフランスでの経験がないこと、弟子とシェフの話の輪に入れないことにコンプレックスを感じ、フランス行きを決意した。少なくとも5年はフランスに根をおろし、箔を付けるまでは帰らないと心に秘めた出発だった。