
そこでは店のデザインから関わることができるとあり、世界中のレストランの写真などを参考に、最終的には世界一のレストラン「ノーマ」や「ゲラニウム」を手がけるデザイン集団「スペース・コペンハーゲン」に依頼することが決まった。それを聞いて、なるほど、店内の印象を強く左右するクロスのない、木地の丸テーブルという選択に納得がいった。
実は、森ビルの話の直後に、「エール」の内装とキッチン設備に投資してリニューアルしようという話もあったのだという。ただ、フランスのその手の話は、実に動きが遅い。待っていても何年かかるかわからず、料理人としての旬を過ぎてしまう可能性もある。日本の話に賭けるしかない、そう思えた。
唯一の問題は、パリを離れなければいけないこと。それは、チームワーク抜群のスタッフと決別を意味したが、新しい挑戦の話をすると、嬉しいことに、スーシェフもパティシエもソムリエからも日本についていくと言う返事がかえってきた。
「ソムリエはフランス人なんですよ。でも私の料理が好きで、即興でそれに合わせるペアリングのやりがいと楽しみを放棄するわけにはいかないと、日本にきてくれることになったのです。これには本当に感激しました。私の心は瞬時に決まりました。東京という都市で勝負しよう、上り詰めてみたいと」
フランスの食材には頼らない
ステージと環境が整っている以上、失敗という選択肢はないと追い詰められながらも、このチームならやれる自信もあったという。
「日本で自分のやるべきことは何だろう、何が求めらているのだろうと真剣に考えました。そこでまず意識したことが、15年間のフランスでの経験と感性、それを日本の風土に生かすということ。同時に、フランスの食材には頼らないこと。ありがたいことに東京は日本の中心、日本中のどんな素晴らしい素材でも手に入る。
当初は、日本の食材と、自分の感性がぶつかり合うとどういった化学反応がおきるのか、自分でもわからなかったのですが、おかげさまでうまい具合に着地できているのではないかと思います。味噌なども使用していますが、和に寄せすぎては和食に勝つことができない。その塩梅を見極める難しさを感じながら、日々、発想を磨いています」
食材に関しては、フランス時代の先輩の縁や日本での協力者のおかげで開店前に60近くの生産者を回った。じっくり彼らの話を聞くことで、多くのことを学び、現在の仕事に生かすことができている。