食&酒

2024.04.11

「Blanc」佐藤伸一シェフは、なぜパリで戦い続けるのか

(写真中央)パリのフレンチ「Blanc」の店主 佐藤伸一氏

初めの一皿は、「パースニップ(白にんじん)のコンソメ」と題されたクリアな液体。一口で、穏やかで心地よい滋味が、寒さに凍えたからだに染みわたる。ゼラチン質の濃厚なコンソメとは明らかに異なる、フランス料理にはない旨みである。眼前で鰹節を削り、だしをとって飲ませる京都の割烹が頭の片隅によぎる。

続く冷菜彩、温菜、肉料理まで、店名の「Blanc」=「白」という言葉通り、どこまでもピュアでクリーンな皿が続いた。まったく異なるのだが、日本料理に向き合っているような、穏やかで内省的な気持ちになる。Blancでの食事は、そんな、衝撃的な印象を残す体験であった。

店主の佐藤伸一氏のプロフィールを辿ると、1977年北海道生まれ、東京などで修業を積んだのち、2000年に23歳で渡仏。一時代を画した「アストランス」のパスカル・バルボー氏やスペインの「ムガリッツ」のアンドーニ・ルイス・アドゥリス氏の下で研鑽を積み、“自由であれ”という理念を身に着けたという。

2009年パリ2区に「Passage 53」をオープンし、2011年に日本人シェフとして初めて2ツ星を獲得。以降8年連続2つ星を続けてきた。

その後、さらなるステージへと昇るために店を閉めたところ、半年後にコロナ禍で街がロックダウン。そこに工事の遅滞などが重なり、当初の予定より4年半遅れて、2023年10月、晴れてパリ16区に新店「Blanc」をオープンした。

店内は白とベージュ以外の色が排除され、茶室のように静謐な空気が漂う。まさに、佐藤シェフの目指すところが体現されているといえよう。デザインは、隈研吾氏のパリ事務所とやりとりしながら完成したものだと聞いて、合点がいく。

そのBlancにおいて、いわゆるフランス料理とは全く異なる仕組みの料理を堂々と供する佐藤シェフは、「もともと、クラシックな料理、例えばソース・ペリグー(トリュフを加えた濃厚なソース)などの既存のソースにあまり興味がなかった」という。

「過去の偉大なソースはもちろん美味しいと思います。でも、結局、どれも先人が作った料理であって、どんなにうまくコピーしても、オジリナルを超えることはできない。モナリザをモナリザ以上に美しく描いても評価されることがないのと同じように。特にパリ、西欧では、三つ星クラスのシェフはオリジナリティがあって初めて尊敬されるんですね。でなければただの美味しい料理になってしまう。アートにはなりえない。それで、私も完全に舵をきりました」
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文=小松宏子

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