同氏はこの研究所で、生きたクシクラゲの調査を行っていた。生物発光能力を持つ生物が、海中を移動する際に光を利用する過程に関する研究の一環としてだ。
クシクラゲは、名前にクラゲと付き見た目も似ているものの、刺胞動物のクラゲとはまったく別の、「有櫛(ゆうしつ)動物」と呼ばれる動物群に分類される。すべての動物の中で、進化的に最も初期に分岐した、いわば「最も原始的」な動物群であるとされている。
城倉氏は、水槽内で飼っていたゴルフボール大のクシクラゲの中に、ひときわ目立つ個体がいることに気づいた。他の個体よりも大きいだけでなく、1つではなく2つの口を持つという点で特徴的な個体だった。
城倉氏をはじめとするMBLの研究員が、通常と異なるこの個体を検証したところ、これは1個体のクシクラゲではなく、別々の2個体が1個体に融合したものであることが判明した。
その後、通常とは異なる実験を行なった結果、まだ科学界に知られていなかった生物学的適応の過程が明らかになった。
付属肢を取り去った2体のクシクラゲは、2時間で融合する
この融合したクシクラゲを発見したのち、城倉氏が率いる研究チームは、この現象の再現に乗り出した。クシクラゲの一種であるムネミオプシス・レイディ(Mnemiopsis leidyi、英語では「シー・ウォルナッツ[海のクルミ]」という名で知られる)を用いて、この融合の仕組みと意義を解き明かそうと、研究チームは入念に計画を立てて実験を行なった。研究チームはまず、クシクラゲの2個体について、袖状突起(大きくて柔らかく、たいていは櫂のような形をした付属肢)を切除し、管理された状況下で、この2つの個体を至近距離に置いて固定した。
すると、2時間ほど経過した時点で、この2個体は融合し、個体を隔てるはっきりした境界がなくなった。
それからの数時間で、この融合した個体は動きが同期し、片方の個体の口から入った餌が、何かに隔てられることなく、もう1つの個体の消化器系へと移動するのが確認された。
この融合は肉体的な部分だけではなく、神経系にも及んでいる。もともと2個体だったものがほぼ1個体のように行動できるのはこれが理由だ。さらに研究チームでは、筋収縮が同期する現象も観察しており、両者の生物としての命令系統が統合されていることがさらに裏づけられた。