ミステリの文法で書かれたホラー「さかさ星」
『青の炎』で犯罪小説、『新世界より』ではSF、そしてサイコスリラーの『悪の教典』や『ミステリークロック』などの本格推理と、1つところに留まらない活躍を続ける貴志祐介だが、そのホームグラウンドは、〈日本ホラー小説大賞〉受賞の出自からも明らかだろう。
その受賞作で、映像作品となってアジア各国にも伝搬された『黒い家』や、江戸時代からの怪異文学の系譜に連なる雨シリーズ(『秋雨物語』『梅雨物語』)などでホラー界を牽引する作者の新たな代表作となること必至なのが『さかさ星』(KADOKAWA)だ。
物語は、不可解で酸鼻極まる四重殺人事件が起きた旧家の屋敷へと向かう車の中から始まる。被害者たちと姻戚関係のあるユーチューバー中村亮太は、同乗する祖母の富士子から頼まれ、事件と関わることになった。
同道した霊能者の賀茂禮子は、事件現場の敷地に足を踏み入れるや、数々の忌み事を察知し、一族の家運凋落を謀る目的で呪われた書画骨董の数々が持ち込まれていると指摘する。生き残った3人の子供たちにさらなる災厄が迫る中、亮太は霊能者の手足となって、災いの根源を解き明かそうとするが。
拳拳服膺(けんけんふくよう)、犇(ひしめ)く、弑虐(しいぎゃく)、嫋々(じょうじょう)とした、裂帛(れっぱく)、諱(いみな)、玲瓏(れいろう)、晦冥(かいめい)などなど、ちりばめられた難読漢字にまで凶々しさを託してしまう作者だが、いわくある呪物を数えあげては、その故事来歴や逸話を怪談の百物語風に詳らかにしてみせる。
その一方で、作者が標榜するミステリの文法で書かれたホラーを実践し、事件の背景を解き明かす謎解きの面白さにも怠りがない。
また熱心な読者ならご存知のように、霊能者の賀茂禮子はこれまでも複数の貴志作品でおなじみの脇役だが、本作では序盤から大活躍をみせる。しかし、とある理由からやがて彼女は舞台中央からの退場を余儀なくされる。頼りないこときわまりない人物に主役をバトンタッチせざるをえなくなるのだ。
そんな登場人物の交代劇まであって、手数の多さでも読む者を圧倒する600ページの一大暗黒絵巻だが、意外にも人を食ったエピローグで幕が降りる。しかし、もしこれも作者の大きな企みの一部だとしたら……。というのも、作者によれば『さかさ星』は二部作の前半に過ぎないらしいのだ。
唖然とするしかない幕切れは、第二部の予兆なのか。やがて来るラスボスとの対決の予感に、読者よ、震えて眠れ。