犯罪小説の名手・呉勝浩が描く血の繋がらぬ姉弟をめぐる家族の絆の物語『Q』

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現在、大衆文学の最高峰である直木賞に、もっとも近い作家。それが呉勝浩(ご・かつひろ)である。すなわちそれは、エンタテインメント小説の分野で、注目すべき小説家の一番手であることを意味する。

郊外型のショッピングセンターを丸ごと恐怖のどん底に叩き込む『スワン』(2019年)で、明日にも身近に起こりうる日常の危機を描き、いくつもの時代を行き来する大河ミステリ『おれたちの歌をうたえ』(2021年)では、残酷な時の流れに濃やかな人間ドラマを重ね合わせてみせた。

さらに、見せかけの平和に安閑とする現代の日本に、テロルを見舞うかの如く激烈な小説『爆弾』(2022年)を投下し、読書界を震撼させたのは、つい昨年のことだ。

7年前に人を殺めた過去が

「爆弾」は、各方面の年間ベストテンに名を連ねたが、その際のインタビュー(『このミステリーがすごい! 2023年版』)に答えて、次の長編では意外にも恋愛小説に挑むと抱負を語っていた。果たして前作から1年半ぶりに届けられた新作の「Q」は、ヒロインであるハチの一人称で始まる。
 
千葉県の房総半島にあって、東京湾を望む海沿いの町、富津市。そこで清掃会社に勤務するハチこと町谷亜八(あや)は、数年前に起こした傷害事件で、執行猶予中の身だった。

生活の糧を得るため、「くそ女」「人殺し」と罵声を投げつける無神経な相棒を受け流し、息を潜めるように静かな毎日を送る彼女にとって、高校時代に受けた凄絶な虐めに加担していたのに、なぜかいまも、時折、訪ねてくる元クラスメートの有吉だけが、会社以外の社会とのわずかな接点だった。

そんなある日、姉のロクこと睦深(むつみ)から、久しぶりに連絡が入る。芸能界でブレイク目前の弟キュウに危機が迫っているという。キュウこと侑九(たすく)、ハチ、ロクの3人は腹違いの姉弟で、幼い頃一緒に育った。弟に害を及ぼそうとしているという広告代理店の男は、有吉を介してハチも知る人物だった。

5つ歳下の弟に盲目的な愛を捧げる長姉のロクは、これまであらゆる犠牲を払いキュウを守ってきた。そのなかには、殺人という究極の手段までもが含まれていた。
 
いきなりジャズの激しい即興演奏のように剥き出しの言葉が飛び交い、ハチの同僚の垂れ流す罵詈雑言をBGMに、ヒロインの歩んできた悲惨な少女時代と現在の荒んだ日常が語られる冒頭に、いささか戸惑う読者もあるだろう。

しかし、本作が恋愛小説かどうかについては一旦措くとして、ほどなくハチとロクの過去には、姉妹の間で共有する秘密があることが明かされる。2人には、7年前に人を殺めた過去があるのだ。
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文=三橋 曉

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