小説界の新たな才能がミステリに挑んだ日本社会に光を照射する『チワワ・シンドローム』

星野源や中村佳穂ら、時のミュージシャンの活躍を映像などのビジュアル面からサポートするなど、注目を集めるクリエーター集団の釣部東京(つりぶとうきょう)だが、小説の装画を手掛けるのは今回が初めてだという。

そのカラフルで爆発的なアートワークが、いやでも目を釘付けにする新刊が、大前粟生(おおまえ・あお)の『チワワ・シンドローム』(文藝春秋)だ。

著者近影(写真:佐藤亘)

著者近影(写真:佐藤亘)

作者は、2016年に日・英両国の文芸誌の老舗がコラボした「GRANTA JAPAN with 早稲田文学」の新たな才能発掘プロジェクトで見出された。

受賞作「彼女をバスタブにいれて燃やす」を収めた作品集『回転草』(書肆侃侃房、2018年)で世に出たが、映画化され話題となった『ぬいぐるみとしゃべる人はやさしい』(河出書房新社、2020年)の原作者として注目を集めたのは、つい昨年のことである。

『おもろい以外いらんねん』(河出書房新社、2021年)では、お笑い文化のホモソーシャルな側面に突っ込みを入れ、『きみだからさびしい』(文藝春秋、2022年)では、恋愛って何?という難題を深掘りしてみせた。次々問題作を世に問うペースこそ矢継ぎ早だが、小説との向き合い方はストイックで、それはテーマへの真摯な姿勢に顕れている。

そんな作者の新作のタイトルに使われているのは、なんとアップルヘッドが愛らしい、メキシコ原産の世界一小さい犬種チワワである。街中で見かけることも多いこの人気の小型犬と物語の間には、果たしてどんな繋がりがあるのか……。

「強さ」ではなく「弱さ」だという時代の空気


渋谷にある大手の人材サービス会社で人事担当の田井中琴美は、複雑な気持ちで新卒採用の仕事にあたっていた。3年前は向こう側にいたのに、いまは就活生を値踏みしている自分に違和感を抱き、彼らのなかの「傷」を抱える者たちを見て、学生時代に受けたハラスメントのつらい記憶を甦らせていた。

現在はマッチングアプリで出会った三枝新太と良い感じの関係にあるが、高校時代には失恋に苦しみ、彼女のすべてを肯定してくれる親友ミア(穂波実杏)に救われた過去があった。2人の繋がりは、ミアがライブ配信で人気のインフルエンサーとなったいまも続いていた。

ある時デートの別れ際に、琴美は新太のシャツの袖に、チワワの顔を模したピンバッジを見つける。さらに同じものを採用面接で来社した観月優香のバッグにも発見するが、両人とも心当たりはないという。

しかし、その日を境に新太の様子がおかしくなり、花火見物の約束をすっぽかすと、音信も途絶えてしまう。一方、ネットでは「チワワテロ」というキーワードがトレンドとなり、各地で知らぬ間に謎のピンバッチを付けられる奇妙な事件が同時多発する。

琴美はミアの伝手を頼りに消えた新太を探すが、チワワのバッジをめぐる騒動は一種の社会現象となり、世間に広がっていく。
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文=三橋 曉

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