作者自身が信頼できない語り手として登場する不穏なミステリ『トゥルー・クライム・ストーリー』

マンチェスター大学(ironbell / Shutterstock.com)

読書の秋は、ミステリの秋でもある。なぜなら、『このミステリーがすごい!』や『週刊文春』といった年末恒例のミステリ・ベストテン入りを狙って、出版各社から選りすぐりの話題作が書店に並ぶ季節だからである。

そんななか、ゴダール映画の知られざる原作(『気狂いピエロ』と『はなればなれに』)や無名時代のポール・オースターの別名義作品「スクイズ・プレー」の発掘で注目を集める新潮文庫の今年の切り札が、ここに紹介する『トゥルー・クライム・ストーリー』(池田真紀子訳)だ。

作者のジョセフ・ノックスは、イングランドの大都市マンチェスターを舞台に型破りの刑事が活躍をする『堕落刑事』でデビュー。この作品を第1作として、その後に続く『笑う死体』『スリープウォーカー』の警察小説3部作で、日本でも高い評価を得た。

ジョセフ・ノックス『堕落刑事』(池田真紀子訳)

ジョセフ・ノックス『堕落刑事』(池田真紀子訳)


そのノックスの新作と聞き、さっそく手にとってみたところ、本を開いた途端に、作中からいきなり不穏な空気が流れてきて、驚いた。この小説は、いったい何なのだ? 本当にフィクションなのだろうか?

ドキュメント形式のフィクション

19歳の女子大生ゾーイ・ノーランは、明るく、音楽の才能にも長け、父親や友人たちから愛される人気者として成長した。一方、双子の姉キムは対照的に周囲から日陰者として扱われてきた。

姉妹は揃ってマンチェスター大学に進学するが、年の瀬も押し迫ったある晩のこと、ゾーイはパーティのさなかに、学生寮から忽然と姿を消してしまう。

それから6年が過ぎ、事件は依然未解決のままだったが、作家のイヴリン・ミッチェルという人物が、この事件を取材した犯罪ノンフィクションに取り組んでいた。

イヴリンは、姉のキムや両親のノーラン夫妻、ゾーイのボーイフレンドやルームメイトなどの交友関係を訪ね歩き、インタビューを続ける。その過程で、同業者からも助言を得ようと、人気作家でもある男友だちに原稿を送りつけるが、相手は読むのを先延ばしにするばかりか、彼女からの親しみを込めたメールにも素っ気ない。

体調を崩しながら、ひとり必死に取材を続けるイヴリンだったが、実は思いもかけない危機が彼女の背後に迫っていたのだ。

本作は、取材やインタビューの記録、Eメール、写真、新聞記事のスクラップなどからなる、いわゆるドキュメント形式のフィクションで、全体が『トゥルー・クライム・ストーリー』の第二版(つまり改訂版)という書籍の体裁を取っている。

いきなり「第二版刊行に寄せて」と題し、版元だというペンギン・ランダムハウス社からの断り書きで始まるのもそういう理由だが、添えられた著者の声明文とともに、そこからはなぜか双方の間でトラブルが発生していることを窺わせる。
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文=三橋 暁

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