「オーナーからの誘いに対して迷いはなかったですね。これからは地方の時代、地方で挑戦できることに大きな魅力を感じました。そこでしか食べられない料理にもっと価値がでてくるはずです。世界を見回せば、美食ひとつで村をおこし、街をおこし、雇用を生み出す良循環を生み出した例はいくらでもあります。オーベルジュオーフにもできると思えたんです」
毎日近隣の農家を回り、畑で野菜の味をみて仕入れを決める。山菜の時期だけでなく、定期的に山に入って野草や花や葉、実を採取する。例えば黒文字の葉を乾燥させてお茶にしたり、よもぎは香りづけに、朴葉は皿のディスプレイに使うといった具合だ。
取材では、農家回りと山に同行した。小松に来てから、糸井氏は「人間本来に備わっている野生の勘が研ぎ澄まされてきた」という。しなやかで俊敏な身のこなしは、体でそのことを語っていた。
契約しているハンターからジビエが届けばすぐに解体を始める。ちょうどこの日は生後5カ月くらいのマルカッサン(子猪)が届き、皮をはいで解体していた。個体や部位、調理法にもよるが、獲れてすぐは水分は多すぎるので、2~3日乾かして、水分量などを調整してから使用するのだそう。
魚は金沢の市場や富山湾などでとれたものを中心に仕入れるが、山の中で半養殖されたどじょうや岩魚、自ら獲る沢蟹を使うこともある。基本、食材には旅をさせない。近隣でとれたものを用いてコースを組み立てるのが原則だ。
「目指しているのは、ここでしか食べられない料理です。この地の風土、食材、文化を理解したうえで、自分のフィルターを通してクリエイティブな料理を作ることを大切にしています。このロジックを持ってすれば、世界のどこにても自分たちの料理ができます。オーフを盛り上げながらも、自分自身は世界中の後進に、そのロジックを広め、仲間を増やしていきたいなと。挑戦し続けますよ」
糸井氏と話していると、後進へ繋ぐということに真摯に向き合っていることがよくわかる。「『ベスト50(世界のベストレストラン50)』にランクインしたいんですよね」とも言うが、それは決して名誉欲から出た言葉ではなく、自分自身の発言力を高めたい、発信力を高めたいという、純粋な気持ちからである。それが日本の食や地方の多様性を理解してもらう早道になるからだ。