食&酒

2023.08.15

白馬の価値を世界へ 長屋英章シェフが考える「フードデザイン」

「カノリーリゾーツ」のメインダイニング「灼麓館」の料理長 長屋英章氏

東京・池尻大橋生まれの都会っ子で、マルセイユ、パリ、スイス、東京、香港でグローバルな経験を積んだ料理人、長屋英章氏。彼が次なるステップアップの地に選んだのは、長野県白馬村だった。

なぜ、白馬なのか。それは、海外に出たからこその選択なのだという。

「香港で一番感じたのが日本との経済力の差でした。自家用ジェットを持っているような富裕層が、こぞって白馬へ行っていた。白馬の雪は最高だと。日本のことを教えるつもりで香港に行ったのに、逆に教えられました。それで白馬にすごく興味を持ち、ちょうど1棟貸しのオーベルジュ、カノリーリゾーツのメインダイニング『灼麓館』の料理長を探しているということで、手を上げたんです」
正直、今の時代、料理人として稼ぐなら海外で働いた方が割がいい。香港時代は今の倍はもらっていたそうだ。でも、例えばカジノに隣接したレストランで収入が3000万円あったとしても、客が本当に料理を楽しみに来ているかというと、そうとは言えない場合が多い。長屋氏には、何のために料理を作るのか、意味が必要だった。

「料理には外国と日本の差を埋め、そして逆転する力があると信じています。だからこそ、日本のために何かできないかなと思って帰ってきたんです」

政治的なデモやコロナの問題もあったが、あと4~5年もいたら感覚が麻痺して帰れなくなっていたと思うとも言う。経済的な格差だけではない。SDGsの観点でも日本は先進諸国に遅れをとっている。しかし料理人であれば、食材の使い方ひとつで発信ができる。そんな未来への思いも込めて白馬を選んだ。

休日には東京に戻るという2拠点生活を始めて10カ月近くが過ぎ、都会にいるだけでは見えないことがたくさん見えてきたという。

例えば春になると、都会の一流店の間では、京都・塚原の筍の奪い合いが繰り広げられる。ところが、白馬では根曲がり筍を取るのに、熊と競争だ。そして店では、熊を煮込んだときに、好物だからと、根曲がり筍を添えてやる。ものの価値が値段によって決まる都会とは大きく異なる。世界で戦える食材は日本各地の“里山”にあるというのは、白馬が教えてくれた答えだった。
素材においては、生産者との距離の近さと鮮度、これが何ものにも変えがたい。灼麓館では基本、地元の素材を中心に使用している。これからの時代、フードマイレージや環境問題を考えるとわざわざ海外から食材を取り寄せることは減り、地産地消になっていくはずだ。

東京のようになんでもが揃うと、自由度がありすぎて目指すべきものが見えなくなってしまう。選択肢が少ないことでそぎ落とされ、真摯に素材に向き合い、あれこれ考えることで、料理が深まっていく。ほしいものがすぐに手に入らない不自由さはあるが、その不自由さに“魔法”をかけるのが、シェフの仕事といえるだろう。
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文=小松宏子 編集=鈴木奈央

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