長屋氏はそんな自然の神秘に、出会うたびに感動し、ストーリーを料理の中に盛り込んでいる。敢えてプレゼンテーションに貝殻を使うなどもその例だ。
「とはいえ、扱ったことのない食材のベストな調理法を一つ一つ試していく時間と労力は大変なもの。とても地味な作業です。でも、200回に1回くらい感動レベルの味に出逢えれば、それで幸せなんです」と笑う。
香港では、最も良い食材が最も高く買われて、いわば“抜き取られた”食材が、日本に入ってきている現実をずっと見てきたという。そうなると日本の高価格帯の食材はすでに乗っ取られていることになる。だからこそ里山の中に、日本の食材の新しい視点や価値を見直さないといけないと強く思っている。
東京で「レフェルヴェソンス」や「NARISAWA」でも学んだ長屋氏の料理は、ジャンルでいえばイノベーティブフレンチである。けれど“旨み”に強い関心があった。香港に渡ったのも、「だし」を大切にする3大料理、日本料理、フランス料理、中国料理のうち、中国料理を本場で体感したいという思いからだった。
香港にいた3年間で40kg痩せて、20歳のときの体重に戻ったそうだ。渡航前には、人間ドックにいくつもひっかかっていたのが、どの数値も健康そのものに。やはりこれは、中国の医食同源の考え方を学んだからだろう。マルセイユという地中海沿岸でフレンチを学んだということも影響しているかもしれない。
いずれにせよ、これからの時代の料理はヘルシーが前提であることを身をもって体験した長屋氏の料理は、食後感がとても軽いのが特徴だ。メインディッシュは、近隣で育てられている自慢のサフォーク羊と黒毛和牛のステーキだが、まったく重くなく、すっきりとした満足感で満たされる。
だが、料理人の仕事は美食を追いかけることだけではないと言う。料理人に本当に必要なのは食の新しい価値観をデザインしていくこと。フードデザインこそ、やるべきことなのだと長屋氏は強調する。
「料理人のキャリアでも、オーナーシェフになるだけがゴールではない、もっと自由度のある働き方があっていいと思います。それも海外で強く感じたことの一つ。香港ではほぼ“フリーランスのシェフ”として働いていたので、いろいろなことに挑戦できました。
海外と日本では料理人の社会的地位に差があります。これもなんとかしたいと考えている問題です。諸外国では料理人が目に見える社会貢献をしている。だからこそ地位が上がるんですね。それこそが僕の考えるフードデザイン。日本人の美徳とする謙虚さは、グローバル規準では全く評価されません。もの申してこその、価値なのです」